西野そらの日々の事ごと

日々のさもない事ごと

ポケットの中

 家をでるとき、メンバーズカードをサッと取り出せるようにしてクリーニング店に向かった。ついでに、いつもこんなふうに備えるけど結局どこにいれたか忘れるから、今日こそは忘れないようにしなくちゃ。こう思ったこともハッキリ記憶している。

 だというのに、クリーニング店のカウンターでわたしは手さげカバンの中身をかきまわしている。 

 そんなわたしを見かねたクリーニング店のいつものおばさん、

「電話番号でもいいですよ」

すみません。頭を掻きながら番号を伝える。

 今日こそは忘れないようにと思って……、それでどこにいれたんだっけ。

 どうやらわたしは無意識にパンツのポケットにいれたらしかった。清算をしているときに、パンツのポケットに手を突っ込んで気がついた。

 

 忘れる。これまでにも散々やらかしてきた。たとえばわたしの算段で始末できる家の事ごと。こういうのは忘れたって気楽。忘れることで生じる失敗もたいした失敗とならず、自分自身に唖然とはするが、その後の感情は可笑しさへと移ろうことが少なくなかった。

 ところが。2年前に図書館での仕事をはじめてから、可笑しさなんて言ってる場合じゃない、となってきた。

 端末の使い方。対応の仕方。物の置き場所。慣れて覚えたつもりでいても、それをしない時間が続くと記憶ってものはどんどん薄れてゆく。

 で、あやふやになった記憶に慌てる。ましてや失敗につながったりしたら、その後感情はそうとうに揺れる。年齢のせい? 単にアタシがアホなだけ? メモの取り方が悪かった? 人間だもの、そりゃ忘れるよ。何かのせいにしようとしたり、落ち込んだり、反省したり。励ましてみたり。ってな具合。

 

 店先でモタモタしないように意識はした。でもカードをどこかにいれる動作は意識せず漫然と行なっていたのだな、わたしは。ポケットの中でメンバーズカードを掴みながら思った。

 そうだ。これまでも、ただ漫然とメモをとったり、漫然と話を聞いていただけだったのかもしれない。半世紀以上生きてきて、はじめてちとまじめに「漫然」を思い、揺れて硬くなっていた気持ちがふわりと緩んだ。

 些細なことである。けれど、生きている甲斐があるっていうのは、こういうときにつかってもいいような気がした、クリーニング店からの帰り道。

 

 

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今年初の小玉スイカ

メロンと変わらない大きさ。

西野 そら