西野そらの日々の事ごと

「書く」ことを暮らしのなかの一つに。日々の些事をどう受け止め、考えたのか。忘れないように。

これはこれ、それはそれ。

 魚屋のまえで足が止まった。氷が引き詰められたショーケースの端に、こんもりと積まれた小アジの皿をみつけてしまったのだ。

 南蛮漬け。小アジをみつけると条件反射のように南蛮漬けが食べたくなる。小さすぎない小アジ、ふた皿をもとめる。

 

 母は甘酸っぱいもの好きである。それもやや甘味の効いた味を好む。おせち料理紅白なますは正月でなくとも食卓に並んだし、らっきょう、しめ鯖といった、子どもはあまり好まないであろう品々も度々登場した。甘酸っぱい味のおかずはほとんど母の腹におさまったと思われるが、それでも一口は食べてみる。で、ただちに肉や刺身へとわたしの箸はむかうのだった。

 小アジの南蛮漬けもその中のひとつ。食卓に並んだ南蛮漬けはハズレのおかずであり、一口だけ食べて母の皿に置くのがつねであった。

 あれほど甘酸っぱいおかずが苦手だったというのに、しめ鯖は苦手でなくなった。小アジの南蛮漬けはむしろ好物といってもよい。気がつけば食べられるようになり、あら、おいしかも、と思っているうちに、魚屋で小アジを見つけると母がつくった南蛮漬けを思い出し、ああ、南蛮漬け食べたいとなるのだ。

 南蛮漬けをつくりはじめた当初は母の味を元にしていたが、いまわたしがつくる南蛮漬けは母のより甘味が少ない。酢以外にレモン汁も入れ、さっぱりした南蛮漬けだ。夫と娘たちはこの味を好んで食べる(そうか。子どもは甘酸っぱいおかずを好まないと思っていたが、わたしだけのことだったのかもしれない)。これがうちの味。

 娘たちは母がつくる甘めの南蛮漬けも好きである。母は甘すぎたかしらと、気にすることもあるが娘たちは首を横に振りもりもりと食べる。それがばあばの味。

 これはこれ、それはそれなのだ。

 

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鬱蒼とした公園の木々の間から差し込んだ強烈な陽射し。

暗さと光。思わずスマートフォンで撮ったのですが、

強烈な陽射しは、感じ取れませんね

西野 そら