西野そらの日々の事ごと

「書く」ことを暮らしのなかの一つに。日々の些事をどう受け止め、考えたのか。忘れないように。

積もる雪。

 ジャクジャクかな? ザクッザクッじゃないな。ギシギシ?

 夕方。わたしは歯医者に向かって歩いている。雪を踏みしめる音がどう聞こえるか、一歩足をだすごとに音をききとろうと、前かがみになる。

 雪を踏む音。靴が雪を押しつぶす感触。スキー場にでも行かなけりゃ、味わえぬ感覚であるからいまだ新鮮さがある。いまだというのは年齢の話。半世紀以上を生きてきたけれど、わたしの住む東京のまんなかあたりでは雪が積もるなんぞは何年かに一度だ。そんなわけで雪が積もる度に、少しばかり浮かれる。もちろん、年々、浮かれている時間は短縮されているが、いっときはやっぱり浮かれてしまうのだ。

 で、歩いてもアスファルトが見えぬほどに雪が積もったいつもの道の、真っさらなところを狙って足を下ろす。朝のワイドショーで雪の日に長靴はダメよ(ゴムの長靴はとにかく足先が冷えるのらしい)と、雪国出身らしい司会者が言っていたから、娘のムートンブーツを履いてきた。足首まで埋もれるが、足先は冷たくない。

 シャグシャグでもない、やっぱりギシギシだろうか。

 雪と靴底が擦れあう音。オノマトペで表したいのに、これというのがない。なんだろう。考え考え歩く。

 家が建ち並ぶ小道から、通りへでた。ジャリジャリジャリ。スコップが雪をかき除く音。銀行の前の道を雪かきする行員の姿があった。寒いだろうにコートも羽織らず制服にパンプスという出で立ちでスコップを押し滑らせている。

 「浮かれてる場合じゃない」

 

 雪は降り続いた。布団にはいるまえ、カーテンをあける。

 雪あかり。なんて情緒のあふれる言葉だろう。雪あかりでいつもの風景がこんなにも神秘的な景色に一変するなんて。こんなところにも、ごくたまにしか降らない雪に浮かれてしまう理由があるのかもしれない。

 雪の多い地域の方々や、雪の影響で甚大な被害を受けた方がたもおられる。「浮かれてる場合じゃない」そう思いつつ見慣れた眺めの見慣れぬ光景に見入る。

 

 朝(1月23日)、玄関を出たばかりの夫から電話。

「できれば駐車場の雪かき、お願いします」

 

f:id:sosososora:20180123154917j:plain

久しぶりに花を飾りました。

好きなコデマリです。

12月は母からもらったハランを飾っていました。

花があると華やぎます。

西野 そら