西野そらの日々の事ごと

「書く」ことを暮らしのなかの一つに。日々の些事をどう受け止め、考えたのか。忘れないように。

はじまりとおわり

 2017年は年明け早々、外に出よう(仕事をしよう)という気持ちが芽生えた。とはいえ四半世紀ぶりに働こうというのだ。全くもって現実的な話ではないが、駄目元だ。結果はどうであれ、ともかく行く先の道をみつけたかった。実のところ、みつかるのか、みつからないのかもわからなかったが、思いがけずことが運び4月から1年契約の期間限定ではあったが臨時職員の仕事を得る。それまでとは違う暮らし方のはじまりであった。

 それにしても、ことが動きだすまでは道なき茂みにみえても、そこに分入ってしまえば自ずと道はひろがってゆくのかもしれない。最近のわたしはそんなことを考えている。

 

 12月半ばの第2木曜日。

 5年半通った文章講座の最終日であった。月に2回の文章講座では、講師が決めたテーマで800〜1000字のエッセイを書き、提出することが課題である。

 この講座に通いたいと思った一番のめあては書くことを学ぶはもとより、講師が随筆家の山本ふみこさんであったからだ。日常を慈しむ山本ふみこさんのエッセイはわたしの心に染み入るものが少なくなかった。そんな随筆家の講座が開講するのだ。通わない手はなかった。

 山本せんせいは書くこと読むこと考えることの面白み、難しさを、さりげなく淡々と話される。そうして、難しさもあるけれど、でもやっぱり書くことは楽しいでしょ?と、わたしたちを書こうという気にさせるのだった。講座がはじまった当初は、まさか5年半も続くとは思ってもいなかった。が、終わったいまは、まさか終わるとは、という心持ちである。

 しかし、はじまりがあれば終わりはくる。そして終わりがくればはじまりもまた訪れるのだ。

 さあて、新しい年にはどんなはじまりと終わりがあるのやら。

 怖いような、楽しみなような。楽しみなような、怖いような。

 

 

 2017年、最後の火曜日。

 この場にきてくださったみなさま、ありがとうございました。そしてコメントを残してくださった方々にも感謝いたします。

 どうぞよいお年をお迎えくださいませ。

 

f:id:sosososora:20171226121020j:plain

西野 そら