西野そらの日々の事ごと

「書く」ことを暮らしのなかの一つに。日々の些事をどう受け止め、考えたのか。忘れないように。

事故!?

 夕飯の片づけをしていたときだ。

 箸とカトラリーをしまうために食器棚の引き出しを開けたその瞬間、引き出し中身もろとも落下した。ガシャガシャ、ガッシャーン。 

 手元を見ていなかった。次にしまう食器に気持ちは向かい、顔だけ振りかえり食洗機の中に目をやっていたというわけだ。それだから思いもよらない金属音の甲高い音に驚き、金属音のような甲高い声でわたしも叫ぶ。きゃー。

 

「最後まで手元をみなさいよ」

 戸を閉めたり、蛇口をしめたり、汚れを拭ったりするとき、自分ではやったつもりでも、戸は閉まりきっていなかったり、蛇口からチョロチョロ水が出ていたり、汚れが落ちきっていなかったりということは、ままある。つもりで終わらせないためには、最後まで手元を見ていることが大切。さんざん母に言われ、わたしも娘たちに言ってきたというのに。こんな具合にときどきやってしまう。

 

 床に派手に散らばる箸、カトラリー、整理トレー。普段ならため息がでる事態である。が、このたびの落下事故は絶妙なタイミングで起こり、事故が事故でなくなった。散らばったそれらをステンレスのザルに拾い入れ、水を張ったボールに浸ける。

 さあ、整理整頓をするときがきましたよ。

 食器棚、戸棚、キャビネット、クローゼット、整理箪笥。種類はなんであれ、開け閉めする頻度のたかい引き出しの中は、次第にゴチャゴチャとしてくるから、定期的な整理整頓が必要だ。このところ、ハンカチ、弁当包み、布袋が収まる引き出しと、この箸とカトラリーを収める引き出しの雑然さが気になっていった。  

 引き出しをあけるたびに低く唸る感じがあって、そう遠くない時期には取り掛かるだろうね、わたしは。と思いながら引き出しを閉めていたのだ。

 

 事故でなくなるような事故の起こる日。そういう日に助けられて事が進む場合もあるのです。褒められた話でないにしても。

 

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西野 そら