西野そらの日々の事ごと

「書く」ことを暮らしのなかの一つに。日々の些事をどう受け止め、考えたのか。忘れないように。

着ること

  「着ていく服がない」

 出かける段になると決まってこう言い放ち、父の機嫌を損ねた。中学から高校時代の思春期のはなしである。

 「着ていく服がない」この言い草は行き先に関わらず。たとえば都心の百貨店に行くときであっても、少しはなれたスーパーマーケットまでのおつかいであっても、ということ。

 家族と同じタイミングで支度をはじめる時点では、わたしとて浮かれている。なにを着よう。着ては脱ぎ、脱いでは着る。繰り返した果ての姿に、

「どこに行くつもりなの?」

 大抵冷たい視線を浴びるのがオチであった。で、目の端で姉の姿をみつつ、着替える。中学生ぐらいから服の手本は二歳違いの姉だった。なんでもマネをする。が、二歳の体格差は如何ともしがたく、なにを着ても姉のようにはならない。しまいに、

「着ていく服がないから留守番してる。」

 待つだけ待たされた父の堪忍袋の緒が、切れないはずがない。

「なに言ってんだ。いつも、オマエは(雰囲気を)おかしくする」

 父の剣幕におののき、結局わたしは特別感のない出で立ちで、険悪な雰囲気に耐えて出かけるはめになるのだった。

 服がないなら買ってもらえばいい。話は簡単であるが、そうはいかない。 

 当時は洋服を買いに行くことがいやだった。欲しい服もはっきりしていなかったのにちがいない。買いに行くぐらいなら、姉の服でよかった。いやむしろ、姉の服がよかった。問題は当時は姉も服の数が多くなかったこと。気に入りはもちろん姉自身が着るし、なんでも快く貸してくれるわけではない。使用許可がでるのは魅力に欠ける服。そんなわけで、「着る服がない」となる。

 それにしても、わたしの姉の服頼みは、そうとう長い。社会人になるころまで続いただろうか。とはいっても、年々、姉の服は似合わなくなり、借りたい服も少なくなっていくのだけれど。

 服は着る人の性分と重なることが少なくない。行く道、行き方が個性となり、その個性が服を選ぶのだから。

 

「着ていく服がないから留守番してる」

 と言いだしたのは、思春期のころの長女。つい先日は思春期只中の次女もいい放った。まるでデジャブ。ただ当時のわたしと違うのは、娘たちには十分服があるところ。服があってもなくても、こう思わずにいられないのが思春期なのかもしれない。

 ところで、年齢差6歳の娘たちは、すでに服の好みがちがう。なににつけ長女のマネをしたがる次女ではあるが、服はマネなかった。

 

 

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姉、妹、わたしの第一子が生まれたときに、

母がそれぞれの孫たちのために求めた置物。

姉と妹の男の子たちにはパンダ。

うちの長女には犬の置物を買い、手元に置いていたとのこと。

先日、長女と両親の家にいったときに、この話をしてくれ、

長女に犬をわたしてくれました。

姉も妹も持って帰らなかったらしく、一つのパンダがうちにくることになりました。

パンダは居間に。犬は長女の机に。

西野 そら