西野そらの日々の事ごと

「書く」ことを暮らしのなかの一つに。日々の些事をどう受け止め、考えたのか。忘れないように。

だれかと、一緒に。

 ひとりでいることが苦手ということもない。むしろ群れているよりは気楽。

 しかし、目的をもたない出歩き(これは散歩というのだろうか、旅と呼んでいいかもしれない)は、ひとりだと寂しい。

 子どもが幼かったころは目的地を決めずに出歩くことが少なくなかった。

 道端の草花。石ころ。蟻の行列。よそのお宅の生垣の葉っぱ。街路樹。風の音。空の高さや青さ。変幻自在の雲。鳥の鳴き声。ヘリコプターや飛行機の爆音。

 風が吹けば「ザッーザッー」って聞こえるね。葉の茂った木が風に煽られると「シャカシャカ。ザワワ、ザワワ」って言ってるね。なにかの音に気がつくたびに、耳を澄まして音のもとをたどり、どんな風に聞こえるか話しあう。小さな娘と一緒に歩くと、こういったフツーのことに驚いたり笑ったりできる、まさに発見の旅であった(範囲で言えば我が家を中心に一キロ圏内ではありますが)。

 なにより、小さな娘はわたしには見えないものを見つけるのがたいそう上手で、変わった形の細い木の枝や木ノ実を見つけては手渡してくれたものだった。

 わたしにとって当てもなく出歩くことは、こんなふうに分かち合う相手がいてこそ、楽しい。

 

 朝、家族を送り出してから夕方までひとりで過ごすいま、何度か当てのない出歩きに挑戦してみた。

 真っ赤な彼岸花。秋の気配を感じる風。されど心揺れるほどではない。やっぱり「きれいね」とか「秋ねぇ」とか言えるひとが隣にいてほしい。

 語らう相手がいないから、すぐにもの思いして視線が下がる。そのうちにどんどん歩みが早くなって、気づくと汗が滲んでいる。

 ああ、これは散歩ではなくましてや旅なんぞとはもっと呼びがたい……、ウォーキングじゃなかろうか。

 

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夫と散歩した9月上旬の空です。

「あの雲かわいいね」「かわいい」

西野 そら