西野そらの日々のこと 

「書く」ことを暮らしのなかの一つに。日々の些事をどう受け止め、考えたのか。忘れないように。

「注意」

 食卓にノートパソコンを置いて、これを書いている。書きものは食卓。これが常である。                                      いまの食卓はこんなふうだ。ノートパソコンの左側には、書きはじめる前に食べたおせんべいの袋と数冊の本が積んである。右側には家で炭酸水をつくるための専用ボトルが置いてあり、少々雑然としている。

 この雑然とした食卓でノートパソコンに向かい、ブログの書き出しを考えていたのだ。ついさっきまで。

 ところが。ふいになにかが目の端にはいってきて、気をそがれた。

 なに、なに?

 ササっと目を左右に動かす。わたしの気をそいだのは「注意」という文字であった。

 左側はおせんべいの外袋が裏むきに置いてあり、右側のボトルも裏がわたしの方に向いていたのだ。

 ほら、裏には成分表とか製造元なんかが記されているでしょ。で、おせんべいの外袋には赤文字で「取扱上の注意」、ボトルには黒文字で「ご使用上の注意」とあった。どうやらわたしは、まんまと注意喚起されたようである。

 そんなわけで、今じゃないでしょというタイミングでそれぞれの注意事項を読んだ。

 おせんべいの外袋には開封後は密封容器に入れて早めに食べきるようにとあり、ボトルには食洗機では洗うなとか、損傷があるボトルは使うなとか、使用期限が記してある。これってわかりきったこと、知らずともなんとかなりそうなことの説明といえなくもない。おせんべいの袋は密閉容器にいれたほうが良いなんぞは知らなかったが、知らなくてもなんとかなっている。わたしは袋菓子をフルーツボウルにいれておくけれど、困った事態にはなっていないんだもの。

 それにしても、この取扱説明書的な注意事項は、どんなものにももれなくついているのではないだろうか。

 たとえば文章でなくとも公共の乗り物の乗客には、懇切丁寧に注意事項をアナウンスしてくれる。時には過剰と思われるアナウンスや取扱説明書であるけれど、必要としている人があるのにちがいない。それにこの懇切丁寧な説明に慣れきってしまっているきらいもある。説明に従おうとする素直さはわたしたちの佳き点でもあろうが、説明はさておき、まずは自分で工夫するという点においてはいつのまにか下手になっているかもしれない。

 説明がなければないなりに使う側が試行錯誤するのではなかろうかと思ったりもするのだ。ほらだって、なんといっても最も取扱いが難しい他人さまとの関わりで、日々鍛錬しているのだから、わたしたちは。

 

f:id:sosososora:20170724223453j:plain

土用干し2日目の写真です。

3日目は曇りのち小雨で家の中にいれたので、

4日間干しました。

西野 そら