西野そらの日々の事ごと

「書く」ことを暮らしのなかの一つに。日々の些事をどう受け止め、考えたのか。忘れないように。

常態、脱皮。

 アルバイトの日。

 家を出る時間は午前9時10分。それまでにすませたい家の事ごとを、手を動かしながら算段してゆく。まず洗濯機を回してから、長女の朝ごはんをつくる。長女が食べはじめたところで、次女の弁当、夫と次女とわたしの分の朝ごはんをつくり、食べる。朝ごはんの片づけを始めるまえに2回目の洗濯開始。その後1回目の洗濯物を干す。朝ごはんを片づけて、2回目の洗濯物を干す。部屋を片付ける。最後に身支度にとりかかる。夫が最初の洗濯物を干してくれるときなんぞ、つくづくいい奴だと思う。

 決まり切った朝の事ごとではあるが、夫と子どもそれぞれにペースがあるゆえ、こちらの算段どおりには進まないのが常だ。めずらしく時間に余裕があったとしても、洗濯機を余分にまわしてみたり、洗面台を磨いたり、結局バタバタと家を出るはめになる。

 

 通勤時間は自転車で13分。

 どんなに慌ただしく家を出ても、子供を叱って気分の落ちている日でも、自転車に跨った途端、家の事ごとが頭から離れる。

 職場まで何も考えずに、ひたすらペダルを漕ぐ。家担当のわたしからの脱皮時間。 

 脱皮したわたしは職場でせっせと立ち動く。せっせと立ち動き午後5時、職場をあとにする。

 自転車に跨った途端、仕事でやらかした失敗なんぞ頭から離れる。

 家まで何も考えずに、ひたすらペダルを漕ぐ。脱皮したわたしは往時とは少し変化して家担当の様態に戻っているのにちがいない。

 

 家の玄関を開ける。朝家を出たときの空気を感じながら、手提げ袋を椅子に置く。「ああ、疲れたぁ」

 誰もいない台所で、人心地つく。

 脱皮をし、常態に戻る感覚の不思議さ。

 そうか。夫と子どもたちには切り替えの時間があるから、朝気まずいまま出かけて行っても夜になれば平然と帰ってこられるのだなぁ。

 家事や家族のことから離れられない専業主婦は、切り替えどころが少ないもの。四半世紀、家の事を担当してきた自分を褒めてやりたくなった。

 

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久しぶりの雨で、紫陽花が一際

美しいです。

西野 そら