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西野そらの日々のこと 

「書く」ことを暮らしのなかの一つに。日々の些事をどう受け止め、考えたのか。忘れないように。

7時間後

 4月最初の週末。

 曇天。

 少しばかり肌寒くもあるが、桜をみにゆく。目当ては隣まちの桜並木。電車でゆけば家から15分足らずのところを、30分かけて歩く。

 この春は「1歩進んで2.5歩下がる」そんな進み方。家の中では肌寒く感じるのに、外は思いのほか暖く、春がきたと浮かれる日があったり。寒さに驚く日が続いたり、続いたり。

 東京は3月下旬に開花宣言がされたが、開いた桜も戸惑うにちがいないほど暖かさが進まず、並木の桜は六、七分咲き程度であった。

   

 4月最初の火曜日。

 うららかな朝。

 午前9時過ぎ、家の近くの公園脇を自転車で通り過ぎる。公園の桜も、7,8分咲き。

それでも、陽気のせいか公園の桜色に目がゆく。桜はどうしてこうもなにかを訴えてくるのだろう。穏やかさとか。はじまりとか。優しさとか。

 

 それから7時間後の復路。

 用事をすませ夕方4時過ぎに、公園脇に差しかかったときだ。満開に咲きほこる桜が目に飛び込んできた。思わず息を呑む。

 7時間あまりの時の流れ。

 この7時間、桜は太陽のもとで咲き開き、たとえ、桜の意志ではなかろうとも、桜をみる者たちに、何かを感じさせたにちがいない。 

 この7時間、わたしは建物のなかで、気の張る初めてのことごとと向き合って過ごしていた。夕方ようやく緊張から解放され、ホッとして自転車を漕いでいる。桜ほどの違いはないにしても、このわたしだって、朝のわたしとは違う。

 

 時は平等に刻まれてゆき、ものごとは、ひと時も止まらず移ろう。

 

 4月2度目の週末。

 曇りがちだけれど、暖かい夜。

 買い物からの帰り道、件の隣まちの桜並木を経由する。車窓から見上げる夜桜は妖艶。

 桜の下では、桜散るなか、あちらこちらで宴。これもまた先週とは異なる風景。

 

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車の中から撮った桜です。

西野 そら