西野そらの日々のこと 

「書く」ことを暮らしのなかの一つに。日々の些事をどう受け止め、考えたのか。忘れないように。

ヘソのシミ

 うちのヘソはダイニングテーブルだ。

 マンションの専有部分、つまりわたしの家は形でいうと長方形。

 長方形の長辺をだいたい3等分した、まんなか部分に食堂兼用の台所があって、そこの中心あたりにダイニングテーブルを置いている。だから、わたしの家のヘソはダイニングテーブルなのだ。

 18年まえうちに仲間入りしたこのテーブルは幅165センチ、奥行き90センチ、高さ72センチ。無垢材(木の種類は忘れました)を継いだ天板には、熱い鍋を直接置いてしまったのだろうと思われる、半円にも満たないこげ茶の弧が3つばかり焼き付いている。 

 それにしても、3回も同じような失敗をするとはねぇ。と、ここまで書いて思い出した。

 3つのうちひとつは、直に鍋を置いたからできたのではなく、藁鍋敷のせいだった。

 以前、藁鍋敷に熱い陶版を置いたら、陶版が熱すぎて藁が焼けた。それで陶版の痕がついたのだ。

 実はこのこげ茶の弧が思いのほか目立つ。オイルで拭いたり紙ヤスリで軽く研いでみたりもしたが、一向に消えてくれない。

 でもしかし。天板のシミはこれだけでない。コップの輪染みと思われる弧のシミが、サイズ違いで3つある。夫の席に1つ、わたしの席に2つ。これは明らかに水の痕。

 水の痕だから一見すると、濡れているように見える。シミがそこにあることは百も承知しているというのに、ついつい拭いてしまう、不要に瑞瑞しいシミ3つ。

 そうだ、数日前、四角いシミができているのを見つけた。オリーブオイルの瓶底の形。

 そんなわけで、うちのヘソにはゴマでなくて、弧や四角いシミがあって、家の者が何かと居座る処である。

 たとえば、わたしがノートパソコンを広げて作業する横で、教科書やノートを広げる者がいたり。ミシンをかける横でスマートフォンと睨めっこする者がいたり。夜、突然仕事のメールを打ちはじめる夫のまえで、焼酎を呑む者(わたしですが)がいたり。

 これまでの粗相の跡を目の端で捉えつつ、ふと、思う。ここがうちのへそなんだ。

 うちのヘソは、ダイニングテーブル(シミつき)。

 

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雨が降り出しそうなある日。

空と梅とわたしの傘。

西野 そら