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西野そらの日々のこと 

「書く」ことを暮らしのなかの一つに。日々の些事をどう受け止め、考えたのか。忘れないように。

手袋

 図書館に向かって歩いている。

 ああ、寒い。数歩前をゆく夫は、冷たい空気を逃すように首が引っ込み、背中が丸い。とうちゃん、猫背ですぜい。

 むむっ。どうして両手をダウンジャケットのポケットにつっこんでいるんだろう?

 窓の向こうの灰色に垂れ込めた厚い空がなんとも寒そうで、出掛けに、夫に手袋を渡したのだった。

「あれ、手袋は?」

 わたしの声に振り返る夫は、同時にポケットから手を、なんと黒い革の手を出した。

「あっ、してた」

 ポツリと夫。たまにこのひとのことが、わからなくなる。

 ポケットに手をいれるのはさ、防寒のためじゃないの?夫の横に並んで訊いたところ、

「癖だね、これは」

 ですって。結婚をして25年以上になるが、このわからなさ加減が夫婦の、もっといえば他人様との関わりの面白みなのかもしれない。

 

 ところで。わたしが手袋を手放せなくなったのは40代になってからだ。

 子どものころは手袋が苦手だった。以前に書いた腕時計をできない理由と同じ。手袋をすると手がジンジンしてくるのだ。

 とはいっても、中学生ぐらいまでは、5本指の手袋をしている友達をみると5本指の手袋が欲しくなったし、ボンボンのついた可愛い手袋をみればそれが欲しい。中学生のときには編み物をしたい理由で手袋を編んだりもしたっけ。

 それなりに手袋をもってはいたのだ。ただそれらが防寒のための手袋ではなかったということ。

 

「みっともないからポケットに手を入れないの」

 大人になってからも母に注意されることはあったが、当時のわたしはみっともないことより手の不快さを避けることのほうが大事であった。20代では手袋を買った記憶がない。30代で買った手袋は子どもと遊ぶため。

 そんなわけで、40代に至るまで、手袋のよさを知らずにきてしまった。突然翻ったのは、体調の変化にほかならない。冷たい風に弱くなり、できるだけ肌を晒したくなくなるのだ。

 そういえば、手袋をしたときの、あの不快さがない。40代ともなるとそんなことよりも、体を冷やすまずさを<体>が教えてくれるのかもしれないなぁ。

「ほらね、手袋っていいでしょ」

 

sosososora.hatenablog.com

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黒の手袋は夫。茶色がわたしのです。

毛糸の手袋もありますが、最近は

こればかりしています。

西野 そら