西野そらの日々の事ごと

「書く」ことを暮らしのなかの一つに。日々の些事をどう受け止め、考えたのか。忘れないように。

あの日

 さもない毎日が過ぎてゆく。1日家から出ない日、1日にいくつかの場所へ出かける日。予定があろうがなかろうが、1日は24時間で、そのあり様はかわらない。その日に何をしたのかなんてことは、おしなべて忘れてゆく。

                                        たとえば、カレンダーの2016年11月9日の欄には、午後1時20分に整体。伊勢丹袴レンタル開始、と書いてある。長女の大学卒業式の袴を借りるためだ。時間は当日の成り行きでと考えていたから記していない。ところが、長女のアルバイトの時間とわたしの整体の時間を突き合わせると、午前10時半には伊勢丹にいなければならい。この計算が前夜にやっとついたのだ。それだから、朝6時に布団を出た時から忙しなさが付きまとうのであった。

 いつものとおり、高校生の弁当と家族の朝食づくりからはじめるが、洗濯機を3回まわし、古紙を4階のうちから1階の入り口まで出しにゆき、簡単に部屋を片付け、身支度を整えたら出る時間ギリギリ。電車で2駅先の伊勢丹へ、長女と向かう。

 店では着物と袴選びが予想外に手間取り、整体の予約時間が迫ってくる。逸る気持ちを抑えつつ、卒業式当日の着付け時間と美容院の手筈をととのえ、急いで帰宅。鞄に整体用のジャージを押し込んで、再び駅へ走る。

 行き先は朝とは違う線の2駅先。駅から整体まで走るも5分遅れる。1時間強の施術。帰りがけにいつものスーパーマーケットで買い物をして午後4時まえ帰宅。そしてようやくこの日はじめての食事にありつく。

 用向きは何てことはないが忙しない1日だった。けれど、きっといつしか忘れてしまう11月9日の1日。

 

 あの日も、こんなふうだった。

 午前中から近所の友人2人と子供会のための買い出しにでかけ、お茶を飲んで帰ってきたのが、午後2時半ごろだった。ここまではいつもと同じ。きっといつしか忘れてしまう日だったろうに……。帰宅後まもなくの地震で、忘れられない「あの日」になった。2011年3月11日。忘れっぽいわたしでも、この日にちは忘れない。 

 

 しかし、さもない毎日といってもだ。

 ある1日が、後日、日にちまでは覚えてないにしても「あの日」となることも少なくない。運命。まさに、ベートベンの運命の出だし「ジャジャジャジャーン」というように。

 未だ来ない先の日に、今日の事ごとを振り返る日があるかもしれず。こう考えると日々をうかうかと過ごしてなどいられない。いやいや。うかうかしていてもしていなくても、「あの日」に、なるときはなるのにちがいないんだ、きっと。

 

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近所にある池です。

落ち葉で水面が覆われていますが、

落ち葉の下には少なくない数の鯉がいます。

水中は陽が入らなくて暗くなるのでしょうか。

まさか、鯉たちも紅葉を楽しんでいたりして?!。

西野 そら