西野そらの日々のこと 

「書く」ことを暮らしのなかの一つに。日々の些事をどう受け止め、考えたのか。忘れないように。

人間ウォッチング

 電車に乗る外出では文庫本が手放せない。

 数日前のこと。電車に乗り込んだとたん無意識にバッグから本を取り出した自分に、はっとした。「これって……」

 

 わたしはスマートフォン片手に電車に揺られる姿がどうも好きになれない。<あれ>に向かうひとそれぞれが、異なったことをしていることはわかる。たとえばゲームするひと。ニュースや電子書籍を読むひと。仕事をしているひとだってあるだろう。それだから、<あれ>を使ってなにをしているかよりも、ただ単に向き合う姿に違和感を覚えるのだと思う。

 車両の少なからずのひとが四角い端末と睨めっこする姿は、それを操作していることで自らの殻に閉じこもり、他者(他の乗客)とは関わりたくない。とアピールしているようでもある。 

 というのに、数日前はっとしたのは、無意識に取り出した文庫本を読む姿が、わたしが違和感を覚える姿と、さして変わらぬことに気がついたからだ。そしてわたしもまた本に視線を落とすことで他者に無言の働きかけをしていたのかもしれない。

 そういえば、毎日電車通勤をしていた若かりしころは、本に視線を落とすばかりでなく、無遠慮に人間ウォッチングなんぞしていたものだ。

 あの女性(ひと)、おしゃれ。ああいう靴はこういう服に合わせると素敵にみえるんだぁ。今度はあんな髪型にしてみようか。見ず知らずの人からおしゃれのヒントをみつけたり。ときには、ドア付近に立つ集団の賑やか会話で、思わず一緒に笑いそうになったり。

 車両内はそれなりにざわつき、他者といえども何とはなしに、目の端に互いの存在を確認し合っていたよう気がする。

 このごろは友人同士やカップルと思われる男女でさえ、スマートフォンに目線を落とし、ほとんど無言。たまに話し声が聞こえても英語、韓国語、中国語などの外国語。英語が聞こえてきた日には、できもしないのになぜか、訳そうとしている自分に笑えるが、すぐさまBGMとなりやがては聞こえなくなる。

 外出はするものの、いつも殻に閉じこもったままだから、世界がひろがらないのかもしれない。ああ、他人様のことをとやかくいうまえに、わたしがもっと電車での時間を楽しもう。

 

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赤唐辛子。

料理に使ったり、ぬか床に入れたり。

重宝する香辛料。

西野 そら