西野そらの日々のこと 

「書く」ことを暮らしのなかの一つに。日々の些事をどう受け止め、考えたのか。忘れないように。

Gと壁掛け時計

 8階建ての4階に暮らし、およそ20年。この間、Gとの遭遇は数回程度。その数回にしても、出没期間が数年単位であいているのだから、おそらくそのどれもが玄関からの侵入者だったと思われる。

 「Gを一匹みたら、数十匹はいる」この説の真意のほどは定かでないものの、まったくの俗説と笑い飛ばせるほど知識はない。ほんとうのところ懸念は拭えないのだけれど、いやいやウチには当てはまらないのにきまっている……。と思い込もうとしている。何てったって、彼奴等がたて続けに出没するのでもないし、しかも遭遇した場所は玄関や玄関の先にある洗面所。家のどこかに巣が作られているとは到底思えないではないか。それだから、そのときどきに遭遇する一匹は玄関からの侵入者であることを家族みんな、信じて疑わない。

 

 これまでの侵入時はタイミングよく夫の在宅時であったから、すべてを夫に委ねていた。

 ときおり訪ねてくる、ヤモリやセミたちならば、ギョッとはするもののGとの遭遇時ほどは騒がないし、逃げない。なんとか外へいってもらう。

 でもね、あれはダメ。

 というのに、この9月は3度も侵入してきた(家族みな疑念は高まるも、いまだ侵入者とみております)。そのうち2回は、業者の点検で玄関を開け放している時間が長かったのだから、しかたがない。とはいえ、あろうことか、3回目に出没したときは夫が不在であったから、わたしが直接対決に挑まなければならなかった。

 そうだ、直接対決の前に書いておかなければいけないことがある。

 これまで、Gとは遠い関係であったから、うちにはGスプレーの類がなく、9月の1回目の侵入時にはてんやわんやとなり、まさかの2回目の侵入時のあと、Gスプレーを買いもとめたのだった。

 で、3回目。

 それを発見したのは次女。それもこれまでとはことなる居間の天井付近の壁。さらに次女とわたしは夕飯を食べようと食卓の席につくところであったのだ。

「エッ?エッ? ぎゃー、G!」

 壁を見ながら、叫ぶ次女。咄嗟にわたしも壁を見上げる。

「し、静かに。飛んできたら大変」

 そうだ、スプレー。急いで食卓を新聞紙で覆うように次女に指示をして、スプレーを取りに走る。そして息を止めてシュッ。シューではない。いまにも飛びかかってきそうで、ちっとも手に力がはいらずのシュッである。

 こんなんじゃダメ。そう思った瞬間、Gはパタリと落ちた。

 と、ここまでにしておきますが、その後。

 

 スプレーがかかったと思われる壁の部分とGが歩いたと思われる壁の上部を柄長モップで拭いていたときだ。ふっと手の力が抜けて、モップが壁掛時計に当たり、時計が落ちた。その衝撃で、23年来時を刻み続けた針が折れて外れてしまった。一見しても、直りそうにないことがわかる。こうして時計の定位置であった壁に間の抜けた空間ができた。

 しかしながら、ふとしたときにそこに目をやり、時間を確認しようとしてしまう。デジタルの時計はあらゆる家電製品に備わっているのだから、まさかこれほど無意識にアナログ時計をたよりにし、もっといえば、瞬時に針の角度をみて物事の進め方をはかっていたとは我ながらおどろいた。

 やるじゃないか、アナログ時計。

 そして、主のいない壁になれぬまま、5日後、新しい主がおさまりました。

 

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ガラスに反射してうまい具合に撮れませんでした。

ちなみに、Gとはこげ茶の、あのムシのことです。

西野 そら