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西野そらの日々のこと 

「書く」ことを暮らしのなかの一つに。日々の些事をどう受け止め、考えたのか。忘れないように。

煮込まずにいられない

 ときどき、「気晴らし」とか「無になれる」といった理由で料理好きを自認するひとがいる。ほんに羨ましい限りである。

 20数年、家のこと担当の身。つまり専業主婦であるから、料理することを好き嫌いでは語れない。家族のための料理は、好きなものを好きなときにつくる料理とはちがう。

 日に3度、場合によっちゃ4度5度、家族それぞれのタイミングで流し台の前に立つのだ。そんな日が続けば、気晴らしどころか「またですか」嫌味のひとつも言いたくなる。

 まあ、無になるという点に異論はないけれど。

 たしかに、切ったり焼いたり、炒めたりしているときは無になる。というか他のことを考える余地はなくなる。そも、料理は手順がものをいうのだ。温かいものは温かく、冷たいものは冷たい状態で食卓に出そうと、頭はフル回転。

 だから、だからというと言い訳がましいが、年に数度、料理したくない病に罹患する。今がちょうどそのときだ。

 この週末の朝食、昼食はありものですませ、夕飯は外食と鉄板焼きにアクアパッツァの献立で乗り切った。

 アクアパッツァは厚手の鍋にウロコと内臓を取りのぞいたイサキ1尾、アサリ、玉ねぎ、パプリカ、トマト、ニンニク、イタリアンパセリ、塩胡椒、料理酒(いつもは白ワインだけど、この日は切らしていた)にオリーブオイルをまわしかけ、蓋をして火にかけるだけ。

 その間に鉄板焼き用のズッキーニ、きのこを切って牛肉を用意。

 食卓に鉄板とアクアパッツァの鍋が並んだだけで、「うわー、ご馳走だね」「おいしそー」家族の気分は上がる。

 月曜日。料理したくない病は快方に向かいつつも完治とまではゆかず、またも煮込み料理。

 肉屋で4、5センチにカットしてもらった豚肉のスペアリブを焼き色がつくまで炒める。そこに厚めに切った大根、ジャガイモ、ニンニク、生姜、水、酒、砂糖、コチュジャン、醤油(2度にわける)をいれて柔らかくなるまで煮る。仕上げに春菊を入れる。 

 煮上がるまでに少々時間はかかるが、火にかけている間は付ききりでなくていい。料理と向き合う時間が減少するうえ、大きな器に盛ればこれまた、見場もいい。あとはトマト、レタス、卵の簡単スープにイワシのソテー。それぞれのタイミングでイワシを焼けばいいだけ。

「うーん、おいしい」と言を受け、わずかにやる気上昇。完治までは間もなくか。 

 ……、今日の夕飯はなににしようか。

 

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写真をとる習慣がなく、料理の写真がないので、

鍋を撮りました。

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土曜日の西の空

西野  そら