西野そらの日々の事ごと

「書く」ことを暮らしのなかの一つに。日々の些事をどう受け止め、考えたのか。忘れないように。

エレベーター ⓵

 彼女と久しぶりに会った。彼女なんていうのはどうもしっくりこないのだけれど、なんせ名前を知らないのだから、しかたない。

 彼女は同じマンションの住人。

 わたしと彼女は「恋仲」ならぬ「エレベーターの仲」なのだ。1階のエレベーターホールから、わたしが降りる4階まで、あるいは4階から1階までのわずかな時間の重なりで得た友人。ほとんどエレベーターまわり限定の関わりであるから、友人というよりはやっぱり「エレベーターの仲」だな。

 

 はじめて彼女をみかけたのは、彼女が小学4年生ぐらいのころだったのだろうと思う。が、はっきりと印象にあるのは挨拶(といっても会釈程度)を交わすようになった中学生の時代からだろうか。

 会釈から会話へと発展したのは、ブカブカの制服を着た彼女が少しばかり疲れた顔で帰ってきた夕方、共にエレベーターに乗り込んだときだった。

「おかえりなさい。あら、高校生になったのね。ご入学おめでとうございます」 

「ありがとうございます」

 思えばあの日が「エレベーターの仲」のはじまりだったのだ。

 

 とはいっても、タイミングよく会えるのは年に数度、数年合わないこともある。そんなだからかいつからか会えば近況を訊くようになった。

「久しぶりねえ。何年生になったの?」

「大学生です」

「え、もう大学生?何を専攻してるの?」 

「心理学です」

 

 それからも大学3年生、4年生、大学院生の彼女とも話したっけ。そうしてつい先日本当にしばらくぶりにエレベーターホールで出くわした。

「わあ、お久しぶり。素敵な女性になられて……。おいくつになられたの?」

「今年で29歳です」

「ひゃあ、2、29歳?!」 

 わたしのあまりの驚きように、誕生日は12月だからまだまだ28歳ですけどね。と註釈めいたことを教えてくれたものの、29歳と言ったのは、ここのところの会わなかった時間の長さを彼女もまた感じていたからかもしれない。

 

「エレベーターの仲」のわたしたち。

 彼女は会うたびに老けてゆくわたしを見て、自分の成長に気づくだろうし、わたしは会うたびに大人になってゆく彼女を見て、自分の老いに気がつく。まことに不思議な縁である。だというのに、互いに自己紹介をしないなんてね。

 公共のエレベーターとはいえ、我が家的な要素を含むエレベーターだからこそ起こる面白さなのかもしれない。

 我が家的エレベーターは会話をもたらす場になりえる、ある意味開けた場所。

 

 しかしこんなエレベーターばかりではないのだ。

 閉ざされた場所としてのエレベーターも、あるでしょ?

 続きは次回。

 

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マンションの花壇の紫陽花。

つぼみですよね。

もう、そんな時期なのですね。

西野  そら