西野そらの日々の事ごと

「書く」ことを暮らしのなかの一つに。日々の些事をどう受け止め、考えたのか。忘れないように。

再会

  「……、夕食。竹の子ご飯(ご近所の山田さんが下さった。おいしい)。寄せ豆腐の白みそ仕立てのお椀。茄子のしぎやき、子もちししゃも。ばんさんすい(糸寒天。もやし、きゅうり、ハムわかめ、うす切り玉子入り)。昔、妻が東中野の料理学校で習った料理……」

『孫の結婚式』庄野潤三講談社) 

 先日、『孫の結婚式』とふたたび図書館で目が合う。前回はこちらが庄野潤三の書籍をもとめ、積極的に見つけ出したのだけれど、このたびは「あら、おひさしぶり」といった感じの出合いかたをした。数冊の本とともに借りて帰る。

 気忙しい日が続き、「さあ、読むぞ」と表紙を開いたのは、図書館で再会した日から1週間は経っていただろうか。

 庄野潤三の穏やかな日常を読むには、読み手のわたしも落ちついていたい。さもないとワサワサと気忙しいようなときのわたしは、あのささやかな日常をもチャッチャと読み飛ばしてしまうにちがいないのだ。

 そんなわけでようやく表紙を開くと、前記したくだりの「ばんさんすい」ということばにつかまった。

 ばんさんすい?

 ひらがなで記されたこの字面は、はじめて目にするような……、だいいち聞きなれない。しかし料理の説明を読むと春雨サラダとにているので難しい料理でないことはわかる。-----ばんさんすいとは沢山の糸ということらしい------- と、ある。

 前回読んだときにはどうしてこの「ばんさんすい」にひっかからなかったのかしら。ワサワサしていたときに読んだのかもしれない。はじめての字面ですって?もしやチャッチャと読み飛ばしたか。

 ばんさんすいが気になるも、あとで調べようといちどは読み進める。が、調べようとしたこともばんさんすいのことも忘れかねない自らの頼りなさを思い返し、ついとパソコンで「ばんさんすい」を検索する。

 どうやら「ばんさんすう」というのと同じで、漢字では「絆三絲」と書くらしい。やはり春雨サラダのことだ。ただし、材料には糸寒天ではなしに春雨となっている。

 もしかしたら春雨と糸寒天で呼び方が異なるのかもしれない。が、ほんとうのとこはよくわからなかった。

 春雨サラダはつくったことがあるけれど、近いうちに糸寒天でつくってみようと思い立つ。 

 で、数日後につくったばんさんすい(ばんさんすう)は、やはり春雨とは違う食感。

 暖かくなるこれからの時期に、よい一品と出合えた。

 

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酢、砂糖、醤油を合わせて千切りにした野菜と

糸寒天を和える。 わたしはすりごま、ゴマ油

入れました。

西野  そら