西野そらの日々の事ごと

「書く」ことを暮らしのなかの一つに。日々の些事をどう受け止め、考えたのか。忘れないように。

翌日配達

 娘の友達が泊まりにくるという前日の朝のこと。  

 泊まるのは一人だと思っていたが二人であると判明した。

「えぇー、聞いてないよ。Rちゃんひとりじゃないのぉー」

 いくら聞いてないと言っても娘は「言いました」の一点張り。

 でも聞いていたなら、あるいはわたしが真剣に聞いているときだったら「いいよ」とは言わない、いや言えない。「いいよ」のまえに「どこに寝るの」と訊かないわけにはゆかぬ事情がある。娘の部屋には友だちのための布団2枚を敷くスペースがないのだから。

 そんなことは娘も十分にわかっているはず。まさかベッドに一人、一枚の布団に二人で寝ようということか。

「寝ないでしゃべる」こういうことらしい。

 そりゃあね、喋りたいからこそのお泊まり会でしょうよ。でもね、眠らなくても横にはなるんじゃない?

「そう言われると、そうかもね」とようやくわたしの慌てぶりを理解したよう。

 

 いくらなんでも、よそ様のお嬢さんたち、それも身長一六〇センチ前後の二人に一つの布団を「はい、どうぞ」とはゆくまい。さりとて、前日のお断りはあんまりであろう。

 

 で、思いついた。寝袋。

 キャンプ好きの友人の話を思い出したのだ。子どもの友だちが泊まりにきたとき、人数分の布団代わりに、寝袋を用意したのだとか。

 寝袋なら布団ほど場所を取らない。娘のベッドの横に二人とも寝られるはず。とはいえ、思いついただけで寝袋を持たない。翌日配達という言葉をたよりにインターネットで「寝袋」を検索し、あれこれ比較したのち買い物手続きをクリックして買い物を終えたのだった。

 

 そして翌日。寝袋がふたつ間違いなく届いた。

 しかしね。利用しといてなんであるが、寝袋をまえによかったと思うも、届いてしまうのだなという妙な気持ちも湧いてくる。人生なんて思い通りにならないことばかりなのに、こうも都合よく手にすることができるなんて、ねえ。いいんだか悪いんだか。便利を超えたところに思いが向かう。

 実をいえば、ひとつの布団に雑魚寝というのも思い出になるかもしれず、寝袋を求める必要があったかどうかという思いも拭えないのであった。

 

 が、夜中まで盛り上がっていた女子たち、翌朝部屋を覗くと二人は寝袋のなかで熟睡している。寝ないと豪語した娘はいわずもがなである。

 やっぱり、翌日配達ありがたし。

 

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週末ランニングで見つけた

菜の花とミツバチ。

ミツバチが小さいので見えるでしょうか。

探してみてください。

西野  そら