西野そらの日々の事ごと

「書く」ことを暮らしのなかの一つに。日々の些事をどう受け止め、考えたのか。忘れないように。

先取り。先走り。先送り。

お題「節分」

 

 近所のコンビニエンスストアの店先にのぼり旗がはためいたのは昨年暮れのことだった。

恵方巻き予約受付」

「んっ?」思わず二度見する。先取りなのだろうが、ふと先走りということばが浮かぶ。

 のぼり旗はクリスマスを経て正月を迎え雪の降る日もはためいた。クリスマスや正月の最中(さなか)、恵方巻きを注文するひとはいるのかしら。いるのだろうな。

 日ごとに、恵方巻きののぼり旗は先取り感を失ってゆくのであった。

 

 先週のこと。いつものスーパーマケットで赤鬼と目が合う。「はいはい、もう少し待っててね」赤鬼と脳内会話をすませ、通り過ぎようとしたところで、昨年の節分がよみがえった。

 

 年中行事に先取られたくない。この思いが強すぎた。福豆は節分当日に買えばよいと先送りにしていたら、当日どこを探せど福豆に出合えなかった。福豆がないとはいえ、年中行事だ。間に合わせでもなんとかしたい。急遽リリーフにピーナッツを指名することと相なった。あの茶色の皮付きピーナッツだ。

「鬼は外、福は内」

 果たせるかな、豆は豆でも色付きの場違いさは如何ともしがたいのであった。

 

 二の舞は踏めない。踵を返して赤鬼の前に山積みされた福豆を一袋かごに入れる。

 先走りには鼻自らみ、先送りでは切羽詰る。

ころ合いを見極めなければ。とはいえ、ただころ合いをはかるのではなしに、わたしがよいと思えるころ合いが大切なのにちがいない。

 ことしはすでに福豆を手にいれた。少しばかり余裕があるのか、すっかり見慣れた恵方巻きの文字に感化されたのか。実は、初めて恵方巻きをこさえてみようか思案中だ。にわかに恵方巻きへの興味が高まっている。

 わたしったら企業戦略に乗せられたのかもしれない。

 

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もう、歳の数は食べられません。

西野  そら