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西野そらの日々のこと 

「書く」ことを暮らしのなかの一つに。日々の些事をどう受け止め、考えたのか。忘れないように。

冬仕度

 ことしの冬は暖かい。とは言っても夜には足先が冷えるようになってきた。風呂の湯に浸かってもほどなくすると足先は冷たくなる。いちど冷えると簡単に温まらず蒲団にはいってからもなかなか寝付けない。

 つい10日間まえのこと。冷たいままの足先にたまりかねて、夜中の12時過ぎに蒲団から起き上がり押入れにしまっていた湯たんぽをと取りだした。

 台所で沸を沸かす。熱湯を湯たんぽに注ぎ込み暖房器具の威力を発揮してもらうべく蒲団にいれる。ウー、アッタカイ。温温(ぬくぬく)しながら、そろそろ本格的な冬仕度をしなくちゃ、と思う。

 土曜日。圧縮袋から厚手の毛布を取りだして、干す。

 食堂つづきの居間にはすでにオイルヒーターとホットカーペットをだしているが、長女の部屋と次女の部屋にもオイルヒーターをだす。

 日曜日。薄手の毛布と肌掛け布団を干して圧縮袋にしまう。長女の部屋にゆき照明器具の(*)グローランプを替える。

 圧縮袋とオイルヒーターの出し入れのついでに押入れに掃除機をかける。グローランプの交換ではついでに照明カバーの拭き掃除をする。

 

 大掃除をしなくなってからどれくらいだろうか。大掃除をせずとも普段の掃除でまかなうような心づもりでいるのだ。

 繰り返しの日々だけれど、掃除の仕方ひとつとっても変化はしてゆく。

 子どもが小さいときは掃除だけに没頭するわけにはゆかず、夫が休みになる年の瀬にどたばたと大掃除をしていた。

 朝から夕方まで窓を開けっ放しで掃除をするものだから寒さが身にしみつつも、一年の終わりを味わっていたような気がする。

 そんな寒さや慌ただしさが年の瀬の原風景として子どものどこかに残ることを期待していたところも……ある。

 その名残だろうか。大掃除はしないが、障子の張替えだけはいまも年末までとっておく。家の者がそろうなか障子の張替えをする。ときには手伝ってもらいながら。きっとこうして、歳の瀬を味わおうとしているのだな、わたしは。

 

 話が横道にそれたのでもどしますと、この週末ですっかり冬支度は整ったが……。

 2台のオイルヒーターのうちの1台を物入れからだしていた夫。

「ついでにクリスマスツリー、だす?」

ツリーの入っている箱が目に止まったらしい。

「まだまだ」

 思わず力を込める。

 12月は、12月になるや大掃除。クリスマス。おせち料理。年賀はがき。急き立てられるようなことばをあちらこちらで見聞きしては、無用に気忙しくなる。まるで時計を早回ししているようなまわりの有り様に抵抗したくなる。

 スーパーマーケットで「真っ赤なお鼻のトナカイ」が流れていようとも胸の内で「まだまだ」「急かされないぞ」と言い言い何食わぬ顔で買い物をしたりして。

 それだからクリスマスツリーをだすのは1週間先の楽しみにしよう。

 

(*)蛍光灯を点灯させる時に必要な点灯管。

 

 

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昨日、お隣さんからいただいた

高さ5センチほどのローソクです。

西野  そら