西野そらの日々のこと 

「書く」ことを暮らしのなかの一つに。日々の些事をどう受け止め、考えたのか。忘れないように。

手放せる家電は?

今週のお題「行ってみたい時代」

  

 いつぞやのこと。

 家電製品で一つだけ手放すとしたらなにを選ぶかという話しになった。

 だれかが「洗濯機かしらね」と呟くや、その場にいた女性十数名のほとんどが思い思いに肯くではないか。へえ、みなさん洗濯機なのね。

 考えてみると泥だらけになった靴下、ワイシャツの襟汚れは洗濯板で洗っているのだし、たらい桶か浴槽で足踏みしながらの押し洗いは思いのほか悪くないかもしれない。

 その場にいた一人が、いまも洗濯は手洗いが習慣であるとバリの洗濯事情を聞かせてくれたからか。まあともかく、こう思えた。洗濯機がなくても……。

 

 雨の降らない月曜はシーツと布団カバーを洗うことにしている。

 その日、しっかりと脱水された、あっという間に乾きそうなシーツを干しながら不意に「手放せる家電」の話を思いだした。

 シーツ、カバー、合わせて4枚。汚れが気にならない程度に洗えたとしても、うまい具合に絞れるかしら。ギュウギュウ絞るわりに、洗濯機ほどの脱水力は見込めやしない。そのうえ絞り皺も目立つにちがいない。乾くまでの時間も相当かかるはず。

 わたしったら涼しい顔で、こやつを「手放せる家電」に、選ぶなんてねえ。

 洗濯機に限らず、冷蔵庫、エアコン、扇風機、オイルヒーター、オーブンレンジ。挙げればきりがないほど家電に頼った暮らしなのだ。便利さを享受して、自分の時間をつくっているのだし。

 それにしても、一体わたしはなにを手放せるのだろうか。一度享受した進歩の成果であるところの便利さを手放すのは、そう簡単ではあるまい。

 しかし、しかし。夫と二人になったら、やたらと電気に頼らず暮らせるだろうと、期待しているようなところがある。小津安二郎の映画のような昭和30年代ころの多少不便であろうが、電気任せでない暮らし方を少しは取り入れられるかもしれない。

 とは言いつつ、家電が普及し始めるあのころを求めるところが、なんともまあ。

 

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新潟からきた南瓜、冬瓜、柿です。

南瓜も冬瓜もずっしりしてます。

西野  そら