西野そらの日々のこと 

「書く」ことを暮らしのなかの一つに。日々の些事をどう受け止め、考えたのか。忘れないように。

歯列矯正

 歯列矯正をはじめて16ヶ月が過ぎる。

 この16ヶ月食べることが楽しくない。

 食べたものが矯正装置に挟まったり、張り付いたり、埋まったり。米粒や麺類などは装置のうえに地層のような重なりかたをする。なんとか舌でその重なりを破壊しようとするも、装置に阻まれうまくいかない。お茶や水でグチュチュすれば堆積物は流れてゆくが、わたしにも気兼ねというものがある。じつに煩わしい。

 噛めば噛むほど口の中は悲惨な状態になるゆえ咀嚼をほどほどに飲み込んでいたら、胃痛がはじまった。そりゃ、そうだ。胃にはかなりの負担であったはず。この胃痛もまた煩わしい。

 結局は口の中の不快さを受け入れて、さっさと食事をすませるほかないと諦めた。

 こんな状態だからランチや飲み会の誘いには事情を話して遠慮している。食べながら話すなんぞ、わたしには気が重すぎる。食事や会話を楽しむ友人たちに地層化した歯茎を見せるわけにはゆかないではないか。

 

 そんなこんなで、友人たちとのランチもお昼をはさんで出かける予定もない16ヶ月でもあった。クマの冬眠のごとくわたしは家にいた。いや、冬眠とは、ちと大袈裟か。

 まあ、ひとりで過ごす時間は嫌いでない。むしろ、好きである。   

 というのに。ひとりでいる時間ばかりになってみると、友人たちとのランチや出かける約束もままならない退屈さを思っている。意外にもわたしは友人たちとの時間を楽しんでいたのだと気がついた。

 意外だなんて!(失礼) 頑ななわたしからすこしばかり解放された気分である。

 

 ひとは孤独なのだろうと思うが、ひとりではない。ひとりでないから孤独に耐えられるのかもしれない。

 この煩わしい装置がはずれたら、友人たちとの食事を存分に楽しもう。

 

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昨日(7月13日)午後7時過ぎの

西の空です。

しばらくのあいだ、見惚れていました

西野 そら