西野そらの日々の事ごと

「書く」ことを暮らしのなかの一つに。日々の些事をどう受け止め、考えたのか。忘れないように。

無駄

 「あのさ、結論から先に言ってよ」

 夫は話の結論を聞きたがる。ちょっと乱暴かもしれないが、この際だ。「夫」を「オトコ」に置き換えてしまおう。どうやらオトコとは結論重視、結果オーライという思考回路のようである。結果に至るまでの過程にも事情にも、さほど興味のない人種らしい(自分はちがうと、反論の声もあるかもしれませんが)。

 しかしそれじゃあ、あまりにも面白味に欠けやしませんかね。過程や事情にこそ物語がかくれていて、ひとの機微を垣間見ることもできるのにね。

「昨日のお昼のことなンだけどね……、んっ、午前だったかな。そうそう午前11時ぐらいだった」

 まずこの段階で口にこそ出さないが、正確な情報はいらないとなるらしい。

「結局、その話に時間なんて関係ない」とね、こうなる。

「管理事務所から電話があったの。あなた、車の入れ替えするの忘れたでしょ」

「あっ、忘れてた。苦情だったの?」

「苦情じゃなくて、今日中に新しい場所に入れ替えておいてくださいって、連絡」

 わたしの住むマンションは新年度ごとに駐車場の割り当てが変わる。夫はうっかりそれを忘れたのだ。

 で、運転に不慣れなわたしが緊張しながら車を入れ替えたこと、それを見ていた隣のご主人(お孫さんを4人持つ70代)がわたしの駐車の仕方を見かねて教授してくれたことへと続いてゆくわけだ。

 とりわけ、駐車の場面ではいかに緊張したか。緊張したわりには自分ではまずまずだと思った駐車が、隣のご主人の登場によってそうでもないとわかり驚いたこと。新たに発見したお隣さんの一面について。できるだけ詳細に教えたい。

 詳細を正確に。そう、これがわたしには肝要。されどそれらはどれも、夫にはいたって無駄な情報となる。

「管理事務所から今日中に車の移動をするように連絡があったから、移動させました」

 オトコは、いや夫はこれで十分だと言う。

 だが、これじゃ、会話は成立しない。

 たしかにこれ以外はわたしの感情とわたしの耳目にすぎない。

 とはいえ。わたしの無駄話は会話の潤滑油にもなるだろうに。

 まあ、生まれもった思考回路の異なりだ。

 夫の無駄とわたしの無駄はちがう。ちがう。

 

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近くの公園で見つけた紫陽花。

なんとも言い難い紫に、思わずカメラを向けました。

西野 そら