西野そらの日々のこと 

「書く」ことを暮らしのなかの一つに。日々の些事をどう受け止め、考えたのか。忘れないように。

決め方

「揚げものは家でしない。買うものよ」

友人がキッパリと言う。揚げものが嫌いなのではなく、飛び散った油の掃除をするのが「いや」なのだとか。

 揚げものを「する」と「しない」を天秤にかけたとき、「揚げたての天麩羅や唐揚げを食べたい」「家族に食べさせたい」というそれぞれの重りと「掃除をしたくない」の重りでは、明らかに「掃除〜」の重りを乗せた皿が下がるのだろう。

 わたしには、この明確さがたりない。

 揚げものはする。

 が、わたしが揚げたてを食べたいからとは言い切れない。食べたいけれど、掃除は面倒。面倒だけれど、家族に揚げたてを食べさせたい。だからつくる。

 これは揚げものの話ではなく、決め方の話。

 わたしはプラス要素マイナス要素が入り乱れるなかで、なにをするのか、したいのかを決めるきらいがある。 

 あぁ、まるで数学の乗法みたい。

 マイナス×マイナスがプラスになったり。

 プラス×マイナスがマイナスになったり。

 このややこしさにくたびれもするが、プラスに転じて笑うときもあるのだし。

 キッパリに憧れつつ、乗法式がわたしの決め方。

 

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 納豆用の器です。

 器を手にするときはキッパリしています。

 sora