西野そらの日々の事ごと

「書く」ことを暮らしのなかの一つに。日々の些事をどう受け止め、考えたのか。忘れないように。

警報音

そういえば、2011年3月の東日本大震災以前にもあったのだろうか。 テレビで流れる緊急地震速報の警報音のことである。 以前からあったのかもしれないが、警報音がなるほどの大きな地震を経験していないものだからか、わたしは東日本大震災で初めてあれを聞い…

まわる、回る。

昨年末のこと。 前夜、布団に潜り込んだときにはそれらしい気配はなかった。それらしいとは、頭痛があるとか、いつもより強い疲労感があるとかのわずかな体調の変化のことだ。 明け方ごろ、寝返りを打ったのだろう。突然ぐるぐるを遠い意識で感じる。 めまい…

7時間後

4月最初の週末。 曇天。 少しばかり肌寒くもあるが、桜をみにゆく。目当ては隣まちの桜並木。電車でゆけば家から15分足らずのところを、30分かけて歩く。

 四月一日 (しがついっぴ)

午前五時五五分。目覚まし時計がなる。 朝にはめっぽう弱く、毎朝、目覚ましのアラームの世話になる。しかもアラーム音と共に起き上がるという潔さもありゃせず、いち度目は眠さと闘う五分間のためのアラームである。

ウソからはじまった、日曜日

次女(高校一年)の学年通信を読んで吹き出した。 「勉強している人はしてないと言い、してない人はしてると言う、あるある」 この学年通信は生徒による生徒のための便りである。わたしが読んだ学年通信は、定期試験の時期に時間を取られる部活動や委員会活…

適応能力

世田谷美術館に行った帰りのこと。 午後2時過ぎだというのに、お昼をすませておらず、そうとうお腹が空いていた。 夫はスマートフォンで、蕎麦屋の検索をはじめる。美術館から歩いて十分のところに、良さそうな蕎麦屋があるらしい。

風景

吉祥寺駅前の交差点は、たいてい歩道も車道も混み合っている。夫とわたしは行き交う人の波をすり抜けながら駅近くの駐車場に向かって歩く。

冷凍しないわたし

その日は茄子、蕪、人参、だった。 いつもゆく八百屋の自家製糠床に漬かっている野菜の話だ。 糠床はクリーム色をしたプラスチック製の漬物容器におさまり、店先の簡易レジの前に置いてある。つまりレジに並ぶや糠味噌をまとった野菜たちが、目の端にはいる…

オプチミスト

買い物からの帰り。 マンションの集合ポストの前でお巡りさんと鉢合わせする。日頃マンション内では見かけぬその姿。なになに?少しばかりの好奇心と少しばかりの不安と少しばかりの驚きで半歩後退さる。

広げたり、狭くなったり。

「『この世界の片すみに』観ましたか。私は3回観ました」 と、友人からメールメールが届く。1月の終わりのことだ。 映画には疎いけれど、これは知っていた。戦時中を描いたこのアニーメーション映画は、昨年末から幾度もテレビや雑誌で紹介されていたから。

ヘソのシミ

うちのヘソはダイニングテーブルだ。 マンションの専有部分、つまりわたしの家である区画は形でいうと長方形。 長方形の長辺をだいたい3等分したまんなか部分に食堂兼用の台所があって、そこの中心あたりにダイニングテーブルを置いている。だから、わたしの…

手袋

図書館に向かって歩いている。 ああ、寒い。数歩前をゆく夫は、冷たい空気を逃すように首が引っ込み、背中が丸い。とうちゃん、猫背ですぜい。 むむっ。両手がダウンジャケットのポケットに押し入れられている。(どうして?)

将来 しょうらい ショウライ?!

将来のわたしはどうなっていたいか、そんなことを考えている。 気がつけば半世紀以上を生きてきた。そんなわたしが、将来ということばをつかうのは頓珍漢かもしれない。しかし、この命が終わらなかったとして、向こう十年でわたしはなにをしたいのか、なにが…

105

ブログをはじめて、まもなく2年が経とうとしている。週にいち度の更新とはいえ、数にすると今回で105回。多いとか少ないとかでなしに、よくぞ続けたねぇと思うのだ。 で、104つのなかのいくつかを読み返した。

それぞれの、マナー。

わたしは、37度。平熱のことではない。足の親指の傾度の話。 一昨年の春、近所の整形外科医から紹介されて赴いた総合病院の整形外科。そこで撮ったレントゲン写真から、親指が人差し指側に37度倒れていることがはじき出された。この数値は中度の外反母趾にあ…

芳しき香り

紅茶飲むひとォ」 家にいるものに、こう訊くのは大学四年の長女だ。このところ次女も紅茶を淹れるひとになりつつあるが、いまのところは、長女が紅茶係。

集まる

年が明けました。本年もよろしくお願いいたします。 毎年三が日のどこかで、両親の家にゆく。姉家族と妹家族と都合を合わせて集まり。年々家族がふえてゆき、いまのところ総勢十五人。しかし子どもらが大きくなると日程の調整が難しくなり、ひと家族不参加と…

移ろう家族

クリスマスツリーを片付けながら、わたしは思っている。 「あら、わたしったら慌ててないわ」 いつもならこの時期はまちなかの喧騒に急き立てられぬよう、みずからに慌てないことを言い聞かせている。それが今年のわたしはちっとも慌てていないのだ。

性質ですから。

11月のある日。 エレベーターで1階に降りると、子ども数人が建物の前にいた。同じマンションの住人である小学3年生と2年生、それと近所の子。いつもつるんでいる顔なじみの男の子たちである。

さあ、どっち?

「聞きたくないことには、聞こえないふりをする」 こういう風景を目の当たりにしたり、自分がされたりすると、そうとう衝撃を受ける。 先日のこと。七、八人でお昼を共にしていた。それぞれ近く座った者どうし、話しをしながら食べている。

帰り道

ことしも最後の一枚となった居間のカレンダー。これはわたしの予定表でもあり、最後の一枚にも、ポツポツと用事が埋まっている。 隔週の木曜日に通う講座。十年ぶりに会う友人との約束。若い友人のダンスの発表会。次女のダンス部ライブ、ライブ終了後母さま…

あの日

さもない毎日が過ぎてゆく。1日家から出ない日、1日にいくつかの場所へ出かける日。予定があろうがなかろうが、1日は24時間で、そのあり様はかわらない。その日に何をしたのかなんてことは、おしなべて忘れてゆく。

人間ウォッチング

電車に乗る外出では文庫本が手放せない。 数日前のこと。電車に乗り込んだとたん無意識にバッグから本を取り出した自分に、はっとした。「これって……」

12月の買い物

早、11月も半ば。見上げれば空は高くなったような気がするものの、振り返れば、秋らしい空気が澄んだ日はあまりなかった。

ディーラーの営業マン、T氏

車を買い換えた。 車の引き渡し時。夫は運転席、助手席に営業マンのTさん、わたしは後部座席へと乗り込み、操作スイッチ類の説明を受けている。パワーウインドウの昇降スイッチを確認するために、ちょうど窓を下げたときだった。

カボチャ

テレビでは、ゾンビ、ポケモン、スーパーマリオ、アリス、スーパーマンらが列をなしてはしゃいでいる。今年も渋谷はえらいことになっていた。 うちの近所では、傷だらけの看護婦や悪魔、いま話題のピコ太郎なんぞの姿は現れなかったけれど、仮に遭遇したとし…

甦えらせる

両親の家に行くと、ときおり母はミシンの置いてある部屋にわたしを呼ぶ。 「縫い直したんだけど、おかしくないかしらね?」 こう言って見せてくれるのは、数十年前に母が着ていた、見覚えのあるブラウス、ジャケット、ワンピースたち。

とうとう……

次女が高校に入学した4月から、その影はチラついていた。以前ここでそのことを書いたが、娘の学校へ赴くたびに、もう逃げられないかもしれない、という思いがつよくなっていた。そしてとうとう、その時がきた。

まじない

「いってらっしゃい、気をつけてね」 出かけてゆくひとの背中へ、わたしはまじないをかける。 「いってきます」 出かけてゆくひとは、たいていわたしと視線を合わせ、そのことばを置いていく。「頑張ってくるね」という気合いだろうか、あるいは「留守をたの…

Gと壁掛け時計

8階建ての4階に暮らし、およそ20年。この間、Gとの遭遇は数回程度。その数回にしても、出没期間が数年単位であいているのだから、おそらくそのどれもが玄関からの侵入者だったと思われる。 「Gを一匹みたら、数十匹はいる」この説の真意のほどは定かでない…