西野そらの日々の事ごと

「書く」ことを暮らしのなかの一つに。日々の些事をどう受け止め、考えたのか。忘れないように。

警報音

 そういえば、2011年3月の東日本大震災以前にもあったのだろうか。

 テレビで流れる緊急地震速報の警報音のことである。

 以前からあったのかもしれないが、警報音がなるほどの大きな地震を経験していないものだからか、わたしは東日本大震災で初めてあれを聞いた。

 ビィビィビィーとか、ウーウーウーとか、耳をつんざくような音でないにもかかわらず、あのチャララン、チャラランという音の重なりと男性の声の注意喚起のアナウンスは、なにをしていてようともたちどころに緊張感と恐怖心を膨らませた。

 とはいえ。

 当初こそ、あの音が鳴るたびに恐ろしくなったものの、誤報であったり揺れのさほど大きくないことが続いたりすると警報であるというのに、きっと大きな揺れはないだろう、と緊張感は薄れていく。あの根拠のない思い込みはポジティブ思考なのか。はたまたお気楽なのか。それともただ、不安を抑制するため、大丈夫と自らに思わせるためか。

 しかし、強い揺れを経験して知った緊急地震速報の警報音のすごいところは、それを聞いた途端一瞬は当時の恐怖心をよみがえらせることかもしれない。あの音のおかげで、もしもの事態を想像することまでは刷り込まれたような気がする。

 

 そうだ、ここでは地震警報の話がしたいのでなしに、J アラートなる警報があることを知ったという話を書きたかったのでした。

 

 昨日のこと。

 役所からメールが届いた。このメールは、わたしの住む町で発生した事件や犯罪情報、災害情報をメールで伝えてくれる、役所の登録制サービスである。

 昨日届いたメールは国と都から出た「国民保護に関する内閣官房からの情報について」であった。要は弾道ミサイル落下時の行動についての指南である。

 Jアラートはミサイルが日本に落下する可能性がある場合のサイレン音なのだそう。

 

 地震警報は<コト>が起きてから知った音。

 Jアラートなるものはどんな音であるかは知らねど、<コト>が起こる以前にその存在を知らされた。

 なにも<コト>は起きていないというのに、よからぬ<コト>へ巻き込まれてゆく覚悟をしておきなさいよと、そんな警告であるような気がしないでもない。

 

 それにしても、自分のブログに弾道ミサイルという単語を書く日がこようとは。

 

 未だ聞いたことのない、できれば聞きたくないサイレン音を、どうか聞かずにいられるよう、ただただ祈るしかない。

 

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通いはじめて6年目の美容院にて。

可愛らしい多肉植物

左上のなんて、食べられそうですよね。

(食べられないですが)

西野 そら

 

まわる、回る。

 昨年末のこと。

 前夜、布団に潜り込んだときにはそれらしい気配はなかった。それらしいとは、頭痛があるとか、いつもより強い疲労感があるとかの、わずかな体調の変化のことだ。

 明け方ごろ、寝返りを打ったのだろう。突然ぐるぐるを遠い意識で感じる。

 めまい?

 眠りの世界に留まりたいわたしは、動かなければ大丈夫。ぼんやりと自らに言い付けて深い眠りに戻るためにじっとして、ぐるぐるが治るのを待つ。

 ああ、大丈夫。勘違い。眠りの世界に片足を突っ込んだまま、ぼんやりと安心して眠りの世界に戻った。

 ところが。眠ってしまうと無意識に寝返ってしまい、またぐるぐるがはじまった。このぐるぐるは目を閉じていられないほどに強烈。横になっているというのに、体が回っているような錯覚に陥る。自分の体がどういう状態なのかわからず、ただただ怖い。

 結局、朝一番でかかりつけの耳鼻科へ行き、めまい止めの点滴を受けてようやくぐるぐるは治っていった。

 医師によると、ストレス、疲労、睡眠不足。ということであるけれど、思い当たることがない。ストレスなんぞ、生きてりゃ感じるもの。こう考ると思い当たることばかりだし。頭のはしのほうでは更年期なんちゃらというあの言葉も浮かびつつ、3週間処方された薬をのんだ。そうしてめまいはなくなっていった。

 

 でもしかし。

 めまいが起こる以前から、老化してゆく現象を感じていないわけではなかった。感じていないわけではないが、一方で、わたしの周りの60代、70代の友人、先輩は現役で活躍し、暮らしも楽しんでいる姿を見ているものだから、50代の始まりなんぞに「老」という文字はふさわしくなかろうとも思ったりもする。

「たかが50代、されど50代」というところで揺れに揺れていたのである。

 

 そんななか、3月にまた、めまいが起こった。さらに突発性の低音難聴にもなっていた。やはり、寄る年波には勝てないのか。

 千々に乱れていたところ、少しばかり年上の友人が、明るくこう言い放った。

「50を過ぎたころは、わたしもそうだったわよ。わたしはめまい。しょっちゅう回ってたよ」

「やっぱり、カラダの変わりどきってことですかねぇ」

「そうよ。でもこの変化はまだ若いって証拠。この時期が終われば、どんどん元気になるから、大丈夫よぉ」

 

 あぁ、わたしもいつの日か若い友人にこういうことを伝えられるような、そんな歳の重ねかたをしてゆきたい。

 

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先週撮った空と桜です。

カメラのどこを触ったのかわかりませんが、

写真が絵のようになっていました。

今のカメラには面白い機能がついていますね。

西野 そら

7時間後

 4月最初の週末。

 曇天。

 少しばかり肌寒くもあるが、桜をみにゆく。目当ては隣まちの桜並木。電車でゆけば家から15分足らずのところを、30分かけて歩く。

 この春は「1歩進んで2.5歩下がる」そんな進み方。家の中では肌寒く感じるのに、外は思いのほか暖く、春がきたと浮かれる日があったり。寒さに驚く日が続いたり、続いたり。

 東京は3月下旬に開花宣言がされたが、開いた桜も戸惑うにちがいないほど暖かさが進まず、並木の桜は六、七分咲き程度であった。

   

 4月最初の火曜日。

 うららかな朝。

 午前9時過ぎ、家の近くの公園脇を自転車で通り過ぎる。公園の桜も、7,8分咲き。

それでも、陽気のせいか公園の桜色に目がゆく。桜はどうしてこうもなにかを訴えてくるのだろう。穏やかさとか。はじまりとか。優しさとか。

 

 それから7時間後の復路。

 用事をすませ夕方4時過ぎに、公園脇に差しかかったときだ。満開に咲きほこる桜が目に飛び込んできた。思わず息を呑む。

 7時間あまりの時の流れ。

 この7時間、桜は太陽のもとで咲き開き、たとえ、桜の意志ではなかろうとも、桜をみる者たちに、何かを感じさせたにちがいない。 

 この7時間、わたしは建物のなかで、気の張る初めてのことごとと向き合って過ごしていた。夕方ようやく緊張から解放され、ホッとして自転車を漕いでいる。桜ほどの違いはないにしても、このわたしだって、朝のわたしとは違う。

 

 時は平等に刻まれてゆき、ものごとは、ひと時も止まらず移ろう。

 

 4月2度目の週末。

 曇りがちだけれど、暖かい夜。

 買い物からの帰り道、件の隣まちの桜並木を経由する。車窓から見上げる夜桜は妖艶。

 桜の下では、桜散るなか、あちらこちらで宴。これもまた先週とは異なる風景。

 

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車の中から撮った桜です。

西野 そら

 

 四月一日 (しがついっぴ)

 午前五時五五分。目覚まし時計がなる。

 朝にはめっぽう弱く、毎朝、目覚ましのアラームの世話になる。しかもアラーム音と共に起き上がるという潔さもありゃせず、いち度目は眠さと闘う五分間のためのアラームである。

 午前六時、二度目のアラームで観念し、起き上がる。居間のカーテンを開けて洗面所へ。すでに長女が眠気まなこで洗面台の前に立っていた。

「おはよう」

「おはよう」

 新入社員研修、第一日目の朝である。

 前日の入社式は九時半の集合であったが、研修は通常の出社時間と変わらない八時二0分出社だという。前夜、長女に家を出る時間を訊いたものの、念のためもう一度、洗面所で時間をたしかめ、それぞれ支度にとりかかる。

 午前六時半。

 長女ひとり、朝ごはん。

 味噌汁、ご飯、鯵の干物、納豆、生野菜。シメは熱い緑茶。  

 午前七時すぎ、予定どおり家を出る。

「行ってきます」

「行ってらっしゃい」

 頑張ってね、は声に出さず見送る。

 

 ここ数年出かけてゆく時間は長女が一番遅く、たいていは昼過ぎ。だというのにこれからは最初に家を出る。それだけでも感慨深いのは、親にバカのつく、あれであろうか。 

 それはさておき。やっと、いや、とうとうか。そのどちらでもあるような気もするが、ともかく子どもがひとり社会人になり、少しばかり肩の荷が下りたような心持ちであり、開放感の喜びがないわけでもなかった。

 しかし、ハタと気づく。社会人になったとて、朝ごはんを食べぬわけにはゆかず。むしろ、夫の帰宅時間は早まることなく、最初に出かける長女の朝ごはんの時間がそうとう早まってしまったのだ。

 肩の荷を下ろしている場合ではなかった。ああ、しばらくは気の張る朝がつづくってことじゃないかぁああ。 

    

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およそ三十年前、わたしが買ったコート。

今は長女が着ています。

西野 そら

ウソからはじまった、日曜日

 次女(高校一年)の学年通信を読んで吹き出した。

「勉強している人はしてないと言い、してない人はしてると言う、あるある」

 この学年通信は生徒による生徒のための便りである。わたしが読んだ学年通信は、定期試験の時期に時間を取られる部活動や委員会活動と、勉強とを両立させるべく試験対策としての「あるある特集」。

 友人の言葉には惑わされるな。同級生が警告しているのだ。妙に実感のこもった標語で笑える。しかも「わかるぅ」と少なからずの生徒、保護者、先生が共感する「あるある」であるにちがいあるまい。

 

 「ウソはいけない」幼い頃から両親に教えられ、学校でも社会でも折に触れ、こう言われる。しかし、ウソが方便であることもわたしたちは同時に学んでゆく。いや、学びだけではないな。本能がウソを手放さないのだ。それだから親になるや「ウソはいけない」と子どもに教える一方で、幼子のかわいいウソに気づかぬふりをし、成長と共にこのウソはあり、そのウソはダメ。ウソの良し悪しを教える。やがて子どももわたしのウソを見抜くようになる。こうしてわたしたちは他者や自らを欺くことを認めつつ、でも、やはりウソはよからぬものと、自らを戒めてもいる。

 ならば、はじめからウソを悪者にしなければ、ウソをついたときのあのバツの悪さを感じたり、自責の念にかられたりせずにいられるのじゃなかろうか。

 どんなウソをつき、どんなウソはつかないか。どんなウソは許し、どんなウソは許さないか。それを決めるのは個人。まさにそれが人となり。

  

 日曜日の朝のこと。

 布団の横に置いたスマートフォンがなり出した。画面にはわたしの姉の名前。時間は八時を過ぎたところ。

「おはよう」

「おはよう」

「寝てた?」

「ううん、起きてたよ」

 ウソからはじまった、日曜の朝。

 

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うちのマンションの花壇に、

彩りの可愛らしい一角がありました。

キンセンカ?とパンジー?

花をみてすぐに名前を言い当てられ人に

あこがあれます。

西野 そら

適応能力

 世田谷美術館に行った帰りのこと。

 午後2時過ぎだというのに、お昼をすませておらず、そうとうお腹が空いていた。

 夫はスマートフォンで、蕎麦屋の検索をはじめる。美術館から歩いて10分のところに、良さそうな蕎麦屋があるらしい。グーグルマップに見つけた店名を入力して、見知らぬ街の見知らぬ蕎麦屋まで案内してもらうことにした。

 そろそろ着く頃というとき、行く手の向こうに洒落た蕎麦屋の看板を見つける。

「恐るべし、グーグルマップ」

 と、感嘆する夫。

 ただしかし。無事に目当ての蕎麦屋にたどり着いたはいいが、なぜか店は閉まっている。ホームページでは営業時間とされている時間帯。休業日でもない。なのに、営業していない。   

 さすがのグーグルとて、なにやらの事情までは、適応できない。

 

 で、目に止まった向かいの寿司屋。

 外に置かれたメニューを見る限り高級寿司店ではなさそうではある。が、けっして安さを売りにもしてはいなそう。とはいえ、昼間のメニューで、金額も明記してあるし、なによりお腹が催促するものだから、すぐさま蕎麦から寿司へと変更する。 

 思いがけず、見知らぬ土地の見知らぬ寿司屋に入ることと相成った。  

 寿司屋はカウンターだけの清潔感漂う瀟洒な店構え。L字型のカウンターには4組の客が座り、うち3組が家族連れで常連でもあるようだった。板前との会話が弾んでいる。 

 夫とわたしは空いている最後の2席に通された。目の前のケースには仕込まれたネタが並んでいる。一見しておいしそう。

 ところが。

 このお店、はじめての客のわたしには居心地がわるい。瀟洒な店構えは好みであるが他の客との位置関係がよくないのだろうか。  

 カウンターに置かれてゆくヒラメ、こはだ、まぐろ。頃合いを見計らって握ってくれるが、寿司を味えず、ただ満腹になって店をでたのだった。

 これがいわゆる相性というやつか。

 それとも

 見知らぬ街の見知らぬ寿司屋に、わたしが適応できなかったかのかしらね。フッフッフ。

 

 

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近所の桜です。

さして離れていないところにある桜はまだ、

蕾が膨らみつつある状態です。

この違いは、土なのでしょうか。

西野 そら

 

風景

 吉祥寺駅前の交差点は、たいてい歩道も車道も混み合っている。夫とわたしは行き交う人の波をすり抜けながら駅近くの駐車場に向かって歩く。

 建ち並ぶビルの看板、車道をゆるりゆるりと進む車、車、車。そして歩道を行き交う人、人、人。言ってしまえば看板のかたまり、車のかたまり、歩く人のかたまり、全体的な風景が広がるのであった。

 ところが。

 わずか数分後、車の助手席に座るとこの同じ場所が全く違う風景に見える。

 楽しいことを話しているのだろうか。笑いながら肩を並べて歩く中年の男女。考えごとをしているかのように、道路の一点を見つめたまま信号待ちをする若い女性。ビルの上に広がる空。   

 すぐ横の歩道を歩く人、すれ違う車のドライバー、個が見えてくるのだ。ほんの少し立つ場所が異なるだけで、ほとんど違う世界が見えてくる。

 

 いやいやこんなことは、ずっと以前から知っていた。

 たとえば、駅のホームで電車を待つわたし。線路を挟んだ向かいのホームに立つ人はかたまりで映る。けれど、先にこちらの電車がきて乗客として車窓からホームを見るや、個人が気になるという、あれもそう。

 

 視点を変えるとものの見え方が変わる。

 これはよくいわれることで、視点を変えるとは、立場を変えるということでもある。つまり自分以外のだれかの立場に立ち、ものごとを見るということ。

 とはいえ、他者の立場であるのだから見えるものはあくまでも想像の産物。見当違いのことも少なからずあるだろう。

 実をいえば、ここがわたしにはよくわからなかったところでもある。想像ならば、結局は自分本位の想像になるまいか。

 しかし、このよくわからなさが、フッと影をひそめた。 

 他者の見るものを正解とするなら、正解を求めるために他者の立場に立つというのではないのかもしれない。ともかく視点を変えてみる。自分の見方が全てではない、そのことを知る。これが肝要なんじゃなかろうか。 

 吉祥寺からの帰り道、車窓から見た風景は、わたしにこう思わせるのだった。

 

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吉祥寺でもとめた

マーガレットハウエルのブラウス。

西野 そら