西野そらの日々のこと 

「書く」ことを暮らしのなかの一つに。日々の些事をどう受け止め、考えたのか。忘れないように。

どうにもト・マ・ラ・ナ・イ

 気がつけば、8月も半ば。

 肌を刺すような強い日差しの日もあったけれど、年々蒸し暑くなってきている。日陰に入ったとて、纏わりつくような湿気からは逃れられず、逃れる方法はクーラーをつけるしかない。が、クーラーをつければつけたで体が重くなる。 

 自然の暑さにも人口の涼しさにも対応しづらくなっている。いったいどうすりゃいいんだか。

 この蒸し暑さでなにより厄介なのは、少し動くだけ滝のごとく流れる汗である。それもわたしの場合、汗をかくのは首から上の頭と顔。一度汗が流れだすと、そうそう止まらないから、電車にのる外出がじつに難儀なのだ。      

 うちから最寄り駅まで歩いて7分。さして歩くわけでもないのに、ホームに到着し歩を止めるや、首筋にツーと汗が流れる。ポツポツと鼻のまわりに汗が吹きでる。

 首をハンカチ、それもタオルハンカチで拭う。すぐさま鼻にも押し当てるがその隙に首スジからも髪の生え際からも汗が流れる

 顔を拭いては首を拭う。首を拭いては顔を拭い、この時点でタオルハンカチはしっとりとなる (でかけるときはタオルハンカチを2枚持たなければ間に合わない)。少しでも涼もうと扇子を仰ぎもするが、生ぬるい空気をバタバタしたとておさまるような<柔>な汗ではない。ほどなくして冷房の効いた電車の乗客となるが、いつまでたっても汗がひかないから、ほんとうにイヤになる。

 押し合うほどではないにしても、前後左右近くに人がいる狭い空間。止まらぬ汗が恥ずかしい。これだけ汗をかいているのだから、汗臭いかもしれず。申し訳ない気持ちと恥ずかしさで、別の類の汗がでてくる。

 こうして、目的の駅に到着するまでわたしは汗とたたかう女、いや、ハタから見ればオバサンとなっているのだ。まったくこの時期の外出の難儀なことといったら……。

 でもしかし。この蒸し暑さに辟易しようとも、季節はめぐり秋の気配を感じるこのごろ。まさかこれで終わらないよね。もう少し夏にとどまってほしいと思っているのだから、手前勝手なものです。

 

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先週末、茨城県の海。

ひたち海浜公園であったロックフェスに娘を

送って行った夫が撮ってきてくれました。

片道3時間の小旅行。

西野 そら

 

 

 

土産のはなし

 旅行の土産を買ったり、もらったりする時期だからだろうか。

「3年生の夏休み明け、マナからお土産もらったじゃない。あれには驚いたよね」

 と、次女。どうやら小学三年生当時の思いがけない土産のことを思い出したようである。

 

 思いがけない土産のはなしのまえに、わたしのへそ曲がりのはなしをひとつ。

 土産は差し上げる立場でももらう立場でも気をつかう。

 とはいっても、儀礼的な多数にむけた箱菓子土産なんぞは、集団の場に身を置く者としてのたしなみ。言ってしまえば形式的な土産といえなくもないから、差し上げる立場であろうが、もらう立場であろうが気楽でいられる。

 気をつかうのは個々への土産だ。これまで何人ものひとから、いろいろな物をいただいておいて、こんなことを言うのはなんであるが、わたしは土産をもらうとき「へっ?」となることが少なくない。

 なんせ、たいていの場合、いただくそのときに、その人がどこかへ旅していたことを知るのだもの。土産を受け取りながら、

「ありがとうございます。あら、沖縄に行ったんだ。で、沖縄のどこに行ったの?天気は大丈夫だった?」

 突然の到来物に戸惑っていることを気づかれぬよう、差し障りのないことを訊いたりして、その場を繕うなんてことは茶飯事。

 なぜ、戸惑うのか。いまの時代どこにいてもたいていのモノが簡単に手に入る。土産物屋の品揃えに、あえてここで買わなくても。そんな気持ちにならないわけではない。こんなふうだから、旅先で友人、知人の好みと思われるモノたちに出合ったとしても、逡巡はするが結局は手に取らないのだ、わたしは。

 土産は煩わしい慣習と、思い続けてきた。

 それが、だ。冒頭の思いがけない土産の話で「あらっ」となった。

 

 マナちゃんは次女の同級生。中学生から仲良くなり、違う高校に通ういまも頻繁に会う友だち。

 このマナちゃんが顔見知り程度であった小学三年生のときに、どうしてだか次女に土産をくれたのだ。当時は思いがけない人からの土産に次女もわたしもそうとうに驚いたのだった。

 

「どうしてマナはあのとき、お土産をくれたんだろう?」

「どうしてだろうね。でもさ、旅行中にあなたのことを思い出してくれたってことだか、なんだか嬉しいじゃない」

 自分の言葉にはっとした。土産への偏見がわずかに緩む。

 

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日曜日の空です。

西野 そら

蝉と雨と浴衣

 目覚まし時計のアラーム音をとめたところで、蝉が鳴いた。

 「ミーンミーン」だったか「ジィ〜」だったか失念してしまったが、ことし初めての蝉のこえ。

 ああ、夏がきた。

 されど。夏がきたと思った朝は、まだ梅雨は明けていなかった。梅雨は明けていないけれど、雨が少なく空梅雨をおもわせる暑さが続くさなかであった。

 というのに。空梅雨の梅雨明けが通達されるや、雨が降ったり雲が低く垂れ込める日が続いたり。わたしが経験した梅雨や梅雨明けとはちがってきている。

 

 ヒトは自然に翻弄されがちだけれど、鳴きはじめる時期のタイミングに迷いはないのかね、蝉たちよ。いろんなことで迷いがちなわたしは、蝉と通じ合えるなら迷わぬ秘訣を訊いてみたいぐらいだ。しかし蝉と通じ合わずも、もっと身近に迷わぬヒトがいた。

 

 花火大会のあった数日前のことだ。

 花火大会といえば浴衣。いつからこういうことになったのか知らねど、とにかく花火大会には浴衣がつきものらしい。何日もまえから土曜日は浴衣で行くからね。高2の次女から念を押されていたのだった。

「ついに、浴衣で花火大会に行けるね」 

 次女より6歳上の長女が初めて浴衣をきて花火大会に行ったのは7年前の高校1年生だった。以来何度も浴衣姿の長女を見送るだけだった次女。ようやく次女にもその時がきたのだ。これが念を押す理由である。

 ところが。

 土曜日は朝から雲行きが怪しかった。怪しいだけでなく午後にはポツポツときた。

 花火は午後7時過ぎから打ち上げられるが、その時間帯は天気予報ではかなりの降水量が予想されている。

 着付けをしながらもわたしは気が気でない。

「雨でも浴衣で行くの?」

「そりゃ、浴衣でしょ」

「そうとう降るみたいよ。Kちゃんも浴衣で来るって?」

「Kも浴衣で来るって」

「でもさ、こんなに降ってるのに、そもそも花火大会あるの?」

「あるって。Kはもう家出たって」

 ラインやら、ネットおかげで情報を得るのが早いこと早いこと。

 土砂降りのなかで花火なんか見えるのだろうか?大雨で浴衣を着る理由は?

 なにひとつ答えを見いだせないまま、なんの迷いもない浴衣姿の次女を見送った。

 車で最寄りの駅まで送った夫が言う。

「あの浴衣、ダメにしてくるね」

 

 大きなお金が動いているのだから、開催者側も簡単には中止とできないのはわかる。しかし行くか否か、浴衣を着るか否かはそれぞれが判断すること。どうやらわたしの判断はそうとうズレているらしい。 

 茶色に染まった浴衣の裾を洗うわたしに、

「偶然会った部活の後輩たちもみんな浴衣だったし、周りも浴衣の人ばっかりだったよ」

 すまなそうではあるけれど、「花火大会には浴衣」を確信した次女が強気で言った。

 そう言われてもね。わたしならそうしない。                  

 あらやだ。わたしったら、少しも迷っていやしないじゃない。

sosososora.hatenablog.com

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妹のところで撮りました。

みかんの木を撮りたかったのに

違う木を撮ってたみたいです。

西野 そら

 

「注意」

 食卓にノートパソコンを置いて、これを書いている。書きものは食卓。これが常である。                                      いまの食卓はこんなふうだ。ノートパソコンの左側には、書きはじめる前に食べたおせんべいの袋と数冊の本が積んである。右側には家で炭酸水をつくるための専用ボトルが置いてあり、少々雑然としている。

 この雑然とした食卓でノートパソコンに向かい、ブログの書き出しを考えていたのだ。ついさっきまで。

 ところが。ふいになにかが目の端にはいってきて、気をそがれた。

 なに、なに?

 ササっと目を左右に動かす。わたしの気をそいだのは「注意」という文字であった。

 左側はおせんべいの外袋が裏むきに置いてあり、右側のボトルも裏がわたしの方に向いていたのだ。

 ほら、裏には成分表とか製造元なんかが記されているでしょ。で、おせんべいの外袋には赤文字で「取扱上の注意」、ボトルには黒文字で「ご使用上の注意」とあった。どうやらわたしは、まんまと注意喚起されたようである。

 そんなわけで、今じゃないでしょというタイミングでそれぞれの注意事項を読んだ。

 おせんべいの外袋には開封後は密封容器に入れて早めに食べきるようにとあり、ボトルには食洗機では洗うなとか、損傷があるボトルは使うなとか、使用期限が記してある。これってわかりきったこと、知らずともなんとかなりそうなことの説明といえなくもない。おせんべいの袋は密閉容器にいれたほうが良いなんぞは知らなかったが、知らなくてもなんとかなっている。わたしは袋菓子をフルーツボウルにいれておくけれど、困った事態にはなっていないんだもの。

 それにしても、この取扱説明書的な注意事項は、どんなものにももれなくついているのではないだろうか。

 たとえば文章でなくとも公共の乗り物の乗客には、懇切丁寧に注意事項をアナウンスしてくれる。時には過剰と思われるアナウンスや取扱説明書であるけれど、必要としている人があるのにちがいない。それにこの懇切丁寧な説明に慣れきってしまっているきらいもある。説明に従おうとする素直さはわたしたちの佳き点でもあろうが、説明はさておき、まずは自分で工夫するという点においてはいつのまにか下手になっているかもしれない。

 説明がなければないなりに使う側が試行錯誤するのではなかろうかと思ったりもするのだ。ほらだって、なんといっても最も取扱いが難しい他人さまとの関わりで、日々鍛錬しているのだから、わたしたちは。

 

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土用干し2日目の写真です。

3日目は曇りのち小雨で家の中にいれたので、

4日間干しました。

西野 そら

 

ミライ

 小学生のわたしにとって未来といえば21世紀を意味していた。当時、大人は折にふれこう言った。

「君たちが21世紀を担っていくんだよ」

 へえ、わたしたちが担うんだ、21世紀とやらを。こんな具合にわたしには21世紀も未来もちっともピンとこなかった。

 たとえば小学4年生のわたしであったら、26年後にくる21世紀は、はるか彼方。社会がどう変化しているのか想像もできなかったし、もっといえば自分が大人になっている姿さえ思い描けなかったはずだ。

 その未来が現在となったいま、これまでを思い返せば日々を過ごすというよりは、日々がどんどん過ぎていった感がある。特別な夢とか目標とか希望をもたずとも、朝になり夜になりまた朝はくるのだから、無自覚に大人枠へ移行し、いまも続いている。

 なるようになったのか、なるべくしてなったのか。わからない。

 とはいえ、それなりに人生の荒波もあって波に乗れたり、さらわれたり。ときには夕凪をブカブカ浮いたりしながら、はるか彼方と思っていた未来は未来でなくなり、わたしは21世紀を旅先のハワイで迎える。お腹には次女がいた。

 そしてさらに、21世紀を迎えたあの日から17年が過ぎようとしている。

 これから先のことはわからないにしても、小学生だったわたしに言ってやりたい。

 大人になったあなたは、まずまず楽しくやっているよ。

 

 ところで、考えてみると「未来」という言葉には好転とか前進とか希望を持たせるイメージがある。未来へ平和や暮らしやすさを繋げる、それが今を生きる者の役目だと。

 そういえば小学生のときに想像した唯一の未来は過去の戦争を教訓とし、誰もが戦わず平和に暮らしている世界であった。が、思い描いた良き世界にはなっていない。

 戦いはなくならないどころか、新たな戦いがはじまっている。そのうえ未来に向けての改革や進歩が、人としてのあり様を変えてしまってもいる。

 きっと誰もが描く未来は良き世界であるだろうけれど、良き世界のあり方はひとつでなくなっているのかもしれない。

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パプリカ、白瓜、オクラ。

これから糠に漬けます。

西野 そら

不条理

 バイト先でのはなしだ。 

「ミャーミャー」

 窓の外から、か細い鳴き声が聞こえてくる。

 仔猫が捨てられていた。

 猫好きのひとの見立てでは生後2、3ヶ月。炎天下にもかかわらず日陰に行かず、水の入った容器を置いても飲もうともしないのだとか。 

 放っておいても大丈夫か。捕まえたほうがいいのか。せめて日陰に移してやりたいけれど、猫のいる場所が狭くてそう簡単に捕まえられないのらしい。

 太陽は真上にある。

 「このままじゃ死んじゃいますよ」

 バイトのひとりが職員に訴えた。

 結局、職員がネットで里親探しの活動をしている動物病院を探しだし、引き取ってくれることと相成った。引き取り先が見つかったからか、捕獲もスムーズに運びさほど時間もかからずに、涼しい事務室の机に仔猫の入ったダンボールが置かれた。

「ミャーミャー、ミャーミャー」 

 思ったよりも力強い鳴き声。

 

 実をいえば。動物が苦手なわたしはこのとき終始、傍観者だった。もっといえば、炎天下の中で命尽きるなら、それはそれで仕方がないことの一つであるような気もしていた。しかし一方では仕方がないと思う自分がちょっと嫌でもあり、目の前の必死に助けようとする人に恐れ入り、なんとなく居心地の悪さを感じつつことの顛末をみていたのだった。

 でもさ、猫を助けるなら、捨てられるほかのペットは?爬虫類とか。じゃあ、昆虫は?野生の動物はどうなの?慈愛に満ちた人ならば、線引きなんぞせずに助けてやるのかもしれないけれど、大抵はどこかで線を引いているのじゃないかしら。

 自分の非情さに他人様も巻き込んで言い訳めいたことを考える。

 わたしの場合、仕方がないとならないのは、ニンゲン。そりゃ、知っている人の飼い猫や飼い犬なら仕方がないとはならないにちがいないけれど。道やどこかに命尽きかけている生物がいたとて、見て見ぬフリをするだろうと思われる。蚊とかG(茶色のアレ)にいたっては命を奪いもする。

 本当はコレはいいけどアレはダメ、なんて類のはなしじゃないのにね。 

 命に重いも軽いもあってはいけないけれど。どの命も仕方ないと見過ごしてはいけないけれど。

「けれど」を使いたくなる、不条理。 

 

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千駄ヶ谷のとあるお店で。

スマートフォンを使おうとしたら

なぜかカメラが起動。

知らないうちに撮っている写真が

そこそこあるのは、わたしだけでしょうか?

西野 そら

撤回

 もう飲まない。

 年中、こんなことを誓っている気がする。いや、誓うほど切実ではないにしても、毎日は飲まないと幾度となくみずからに言い聞かせてはきた。

 昨年あたりから、ワインを4、5杯飲んだ日の翌日がきつい。目覚めた途端、

「くたびれた」

 となる。

 数日前もそうだった。

 起きたそばから、朝ごはんはシリアルですませちゃおうか。今日はお弁当買ってくれないかしら。洗濯物入れをまえに、毎日毎日どうしてこうも汚れ物がでるわけ?不満やらやりたくない思いが次から次に沸き上がる。

 しかし、胸の内でなにを思おうとも朝ごはんと弁当をつくらないわけにはゆかず、流しの前に立つ。翌日の洗濯量を想像すれば洗濯もまた然り。洗濯ものを選り分け洗濯機に入れる、自分のために。

 

 いつだったかテレビで、精神科医がこんなことを言っていた。

 胸の内でどう思おうとも、ともかく取りかかる。取りかかりさえすればコトは片づいていく。誰だって億劫になることはあって、億劫がる自分を責めることはない。心持ちなんぞは関係なく、ともかく動く。ここが肝心。

 目からウロコが落ちた。以来、動きたくなくてグジグジし始めると、面倒くさいけどとりあえず動きなさいよ、自らの背中を押している。

 

 弁当をつくり終えたころ起きてきた夫に、今日は飲まないと宣言する。

「年をとると、アルコールを分解するのも疲れるんだよね。今日は飲むのやめよう」

 どうやら夫もくたびれているらしい。

  ところが。

「会社を出たところ。今日はなに?」

 と、帰るコールがあったのは、飲まない宣言をした14時間後。献立に合わせて、なにを飲もうか考えているのだ。

 こうして飲まない宣言は、いとも簡単に撤回されてゆく……。

 

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今日届いた、蚊遣り器です。

西野 そら