西野そらの日々の事ごと

「書く」ことを暮らしのなかの一つに。日々の些事をどう受け止め、考えたのか。忘れないように。

少年

 テレビ画面の左上にある天気表示。その朝、東京の天気は午前午後ともに傘と曇のマークが表示されていた。天気予報を信じないわけではないが、窓を開けて空のぐあいを見る。外気に当たって温度を感じる。たとえば20℃と数字で表示されても、季節によって20℃の感じかたはちがう。天気予報を手がかりに、自分で感じ、見込んで、着るもの履く靴、持ち物を決める。

 予報通り低く垂れ込めた灰色の空からは傘なしでは歩きたくない程度の雨粒が落ちていた。 

 天気予報を参考にしつつ、わたしも傘を手放せない1日であろうと、見込んだ。

 さて、仕事に行かねばならぬ。少々の雨ならば、レインコートを着て自転車通勤をしているが、雨脚が強いので電車で行くことにする。

 

 午前9時半から午後5時までの仕事を終えて、駅のホームに着いたのは午後5時半前。帰りのラッシュ時には少し早いが、ホームに入ってきた電車はそれなりに混んでいた。

 つり革を掴む並びのなかに空間をみつけ、わたしはそこに身をすべらせ白い輪っかを掴んだ。

「特急列車が通過してからの発車となります」

 車内にアナウンスが流れる。3分の待ち時間ときくや、瞬間的に斜め上の広告モニターに目をやる。数社の広告やニュースが終わり、2巡目にはいったところで、下方から視線を感じた。それとなく目線をさげると、わたしのまえには高学年の小学生と思われる男の子が座っている。

 少年はわたしの顔を窺っていた。ハッとした。少年はわたしに席を譲るべきか、迷っているのかもしれなかった。

 やめて、やめておくれぇ。

 そりゃ、少年からしたら、十分に席を譲るに値する年齢なのかもしれぬが、いや、年齢的にもまだ早いぞ。よく顔を見せてやりたいが、かえって席を譲れと催促していると思われては困る。とっさに広告モニターに顔を向け、やにわにシャンと立ちなおす。

 そうだ、今日は疲れたから口元のたるみが一層たるんで、老けて見えるのかもしれない。さらに頭を反り返し、口角も引きあげる。

 首尾よく、少年は行動におこさなかった。が、たるみを引き上げるために見上げた広告モニターには、ちょうど皺とりアイロンスチマーの広告がながれていた。

 こういうことって、結構な頻度である。偶然であるかもしれないが、偶然は必然ともいうし。こういう取るに足らないようなことでさえも、偶然(必然)のおこるタイミングはキセキであるような気がしないでもない。

 この先、この類の驚怖がたびたび起こるのだろう。そうして、しだいに驚怖が驚怖でなくなってゆくのかもしれぬ。

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川村記念美術館

庭園を散策する時間がなく心残り。

西野 そら

着ること

  「着ていく服がない」

 出かける段になると決まってこう言い放ち、父の機嫌を損ねた。中学から高校時代の思春期のはなしである。

 「着ていく服がない」この言い草は行き先に関わらず。たとえば都心の百貨店に行くときであっても、少しはなれたスーパーマーケットまでのおつかいであっても、ということ。

 家族と同じタイミングで支度をはじめる時点では、わたしとて浮かれている。なにを着よう。着ては脱ぎ、脱いでは着る。繰り返した果ての姿に、

「どこに行くつもりなの?」

 大抵冷たい視線を浴びるのがオチであった。で、目の端で姉の姿をみつつ、着替える。中学生ぐらいから服の手本は二歳違いの姉だった。なんでもマネをする。が、二歳の体格差は如何ともしがたく、なにを着ても姉のようにはならない。しまいに、

「着ていく服がないから留守番してる。」

 待つだけ待たされた父の堪忍袋の緒が、切れないはずがない。

「なに言ってんだ。いつも、オマエは(雰囲気を)おかしくする」

 父の剣幕におののき、結局わたしは特別感のない出で立ちで、険悪な雰囲気に耐えて出かけるはめになるのだった。

 服がないなら買ってもらえばいい。話は簡単であるが、そうはいかない。 

 当時は洋服を買いに行くことがいやだった。欲しい服もはっきりしていなかったのにちがいない。買いに行くぐらいなら、姉の服でよかった。いやむしろ、姉の服がよかった。問題は中・高生では姉も服の数が多くないこと。気に入りはもちろん姉が着るし、なんでも快く貸してくれるわけではない。使用許可がでるのは魅力に欠ける服。そんなわけで、「着る服がない」となる。

 それにしても、わたしの姉の服頼みは、そうとう長い。社会人になるころまで続いただろうか。とはいっても、年々、姉の服は似合わなくなり、借りたい服も少なくなっていくのだけれど。

 服は着る人の性分と重なることが少なくない。行く道、行き方が個性となり、その個性が服を選ぶのだから。

 

「着ていく服がないから留守番してる」

 と言ったのは、思春期のころの上の娘。つい先日に言い放ったのは思春期只中の次女だ。まるでデジャブ。ただ当時のわたしと違うのは、娘たちには十分服があるところ。服があってもなくても、こう思うのが思春期なのかもしれない。

 ところで、六歳差の娘たちは、すでに服の好みがちがう。なににつけ長女のマネをしたがる次女ではあるが、服はマネなかった。

 

 

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姉、妹、わたしの第一子が生まれたときに、

母がそれぞれの孫たちのために求めた置物。

姉と妹の男の子たちにはパンダ。

うちの長女には犬の置物を買い、手元に置いていたとのこと。

先日、長女と両親の家にいったときに、この話をしてくれ、

長女に犬をわたしてくれました。

姉も妹も持って帰らなかったらしく、一つのパンダがうちにくることになりました。

パンダは居間に。犬は長女の机に。

西野 そら

たどりつく。〜ものは言いよう その2 〜

 少し前にものの言い方、伝え方のことを書いた。(8月22日「ものは言いよう」)

 じつを言えば、書いたそばから、こういうことを書こうとしていたんじゃないな、わたしは。そんな思いがないわけではなかった。しばらく頭のすみで書きたかった核心を思い出そうとしたのだけれど、たどりつけないままだった。

 

 9月のある日、図書館でのこと。

「評論、エッセイ、随筆」の書架の前にわたしは立っている。

 ちょうどわたしの目の高さで『ものは言いよう』と書かれた背表紙がきらりと光った。あら、同じ。すかさず本を引き出す。嬉しさと驚きがあいまって引き出したその本は、なんと平岩弓枝のエッセイであった。同じだなんておこがましいにもほどがある。

 パラパラ頁を繰る。ふいにタイトルと同じ「ものは言いよう」という題のエッセイをみつけた。今読みたい。すぐに読みたい。とはいっても、落ち着いてい読みたい。はやる気持ちをおさえ、本を貸りて帰った。

 

「言葉の上だけとりつくろってどうするのだというかもしれないが、言葉は心である。言葉に心くばりがあるのは、その人の人柄を見る鏡」『ものは言いよう』(講談社)の「ものは言いよう」より。

 

 言葉は心である。これだ。わたしがたどりつけなかった核心はこれだった。

 言葉には人柄がにじみ出る。どういう自分でいたいのか、ありたい自分でいるには。言葉に心配ることは自分自身にも心くばることなのかもしれないと、ふと、思う。

 それにしても、この本と出合うタイミングの不思議。宗教とか何とかは信じないタチであるが、引き合う力みたいなものはあるような気もする。きっと若いころにこれを読んでいたら、とりつくろうという言葉につかまって、反感を覚えたにちがいない。若かりしころのわたしには、とりつくろうということは恥をかかないよう、自分のためのごまかしでしかなく、悪しきことでしかなかった。

 しかし自分の体裁のためでなしに相手を思うからこそ、とりつくろう言葉や態度がある。このとりつくろいは、むしろ大事。こう思い至ったのは40歳をとうに過ぎていたのではなかったかしら。年齢を重ねたゆえの変化である。

 

 角を立てずに伝える。どうにかできそうな類ではあろうが、たんに年を重ねたとて、備わるものではないはず。失敗しながらも経験を重ねてゆくしかなさそうである。小心者だからと、言うべきことえ言わずにやり過ごしてばかりなんぞいられないのだ、わ。

 

sosososora.hatenablog.com

 

 

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道沿いの木立で

大きなきらきらした蜘蛛の巣を発見。

蜘蛛ったら、なんて几帳面。

西野 そら

 

だれかと、一緒に。

 ひとりでいることが苦手ということもない。むしろ群れているよりは気楽。

 しかし、目的をもたない出歩き(これは散歩というのだろうか、旅と呼んでいいかもしれない)は、ひとりだと寂しい。

 子どもが幼かったころは目的地を決めずに出歩くことが少なくなかった。

 道端の草花。石ころ。蟻の行列。よそのお宅の生垣の葉っぱ。街路樹。風の音。空の高さや青さ。変幻自在の雲。鳥の鳴き声。ヘリコプターや飛行機の爆音。

 風が吹けば「ザッーザッー」って聞こえるね。葉の茂った木が風に煽られると「シャカシャカ。ザワワ、ザワワ」って言ってるね。なにかの音に気がつくたびに、耳を澄まして音のもとをたどり、どんな風に聞こえるか話しあう。小さな娘と一緒に歩くと、こういったフツーのことに驚いたり笑ったりできる、まさに発見の旅であった(範囲で言えば我が家を中心に一キロ圏内ではありますが)。

 なにより、小さな娘はわたしには見えないものを見つけるのがたいそう上手で、変わった形の細い木の枝や木ノ実を見つけては手渡してくれたものだった。

 わたしにとって当てもなく出歩くことは、こんなふうに分かち合う相手がいてこそ、楽しい。

 

 朝、家族を送り出してから夕方までひとりで過ごすいま、何度か当てのない出歩きに挑戦してみた。

 真っ赤な彼岸花。秋の気配を感じる風。されど心揺れるほどではない。やっぱり「きれいね」とか「秋ねぇ」とか言えるひとが隣にいてほしい。

 語らう相手がいないから、すぐにもの思いして視線が下がる。そのうちにどんどん歩みが早くなって、気づくと汗が滲んでいる。

 ああ、これは散歩ではなくましてや旅なんぞとはもっと呼びがたい……、ウォーキングじゃなかろうか。

 

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夫と散歩した9月上旬の空です。

「あの雲かわいいね」「かわいい」

西野 そら

 

原稿は楽譜

「おすすめの絵本は?」

こう訊かれたら、まず浮かぶのは『まさかりどんが さあ たいへん』(かこさとし小峰書店)である。

 かこさとしといえば、だるまちゃんシリーズ、『カラスのパンやさん』『どろぼうがっこう』と数々の絵本があるし、どの絵本もなんども読み返してはきたが、だれかに教えたくなるのは、やっぱり、まさかりどん。

 

 はじまりは、まさかりどん(まさかり)が木をたおしたこと。まさかこのはじまりがあんな展開になろうとは……。大工道具、裁縫道具、機械用工具が次つぎに登場し、いろいろな物が作られてゆく。道具の名前を知る楽しみもあるうえに、作られたものが最後にすべて繋がる。おはなしとしても小気味よい。

 

 この絵本に出合ったのは長女が幼稚園に通っていた17、8年前。書店で、なんとはなしに手にとり表紙を開いた。かこさとしの独特のタッチで描かれたまさかりと木。長女は気に入らないかも。にわかにそう思いつつ、読みはじたのだった。

 ところが。

「あるひ あるあさ あるときに……」

 なんともここちよいリズムの書き出しに、思わず声をだして読みたくなる。もちろん黙読をしたのだけれど、何枚か頁を繰ってもリズムよくことばが続くものだから、どしても最後まで読みたくなった。

 考えてみると長女のためというよりは、自分のために求めた絵本だったのかもしれない。

 

 原稿は楽譜(こころのうちで音読しながら書く)。

 これは、文章教室の山本ふみこせんせい(*)が、文章を書くにあたって大切にしていることをいくつか個条書きされた中の一つである。それにくわえて、原稿は楽譜ということを折々で口にされるから、このことはそうとう大切なのだ。

 わかっちゃいるが、書くとなるとなかなかうまくいかないんだなぁ、これが。まあ、書くことはさておいても、読むということでは大切の意味をことさらに実感できる。

『まさかりどんが さあ たいへん』は絵の可愛らしさもさることながら、リズムよく進むことで子どもの気持ちをつかむのかもしれない。

 自分のために求めた絵本ではあったが、あにはからんや、長女も次女も大の気に入りとなった。しまいには初めから終わりまですっかり諳んじるほどに。

 

 

   (*)山本ふみこ 随筆家。『朝ごはんからはじまる』(毎日新聞社)、『おとなの時間の、つくりかた』(PHP文庫)、『こぎれい、こざっぱり』(オレンジページ)、『家のしごと』(ミシマ社)ほか、著書多数。

 

 

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写真を撮るために長女の部屋の本棚からとりだしたとき、

「懐かしい。これ好きだったなぁ」

と、長女。いつかまた読み返す日がくるでしょうね。

西野 そら

 

 

基本のキホン

 ああ、ひどいったら、ありゃしない。

 なにがひどいって、このところのわたしである。 

 

 週に数日、外での仕事をはじめた今年の4月から、家の仕事の大切さに気がついていないわけではなかった。いや、気がつくというよりも、むしろ大切さを思い知らされたていた、というのに。

 

 家の仕事を大きくわければ、料理。洗い物。洗濯。掃除。本当はこれ以外にも暮らしの彩りに花を生けたり、壊れもの破れものの修繕をしたり。料理、洗濯、掃除をしやすくするための、(たとえば糠床の手入れとか、買い物だとか、ひどく汚れた洗濯物のつけおきとか、掃除機の掃除とか)、暮しの瑣事は事欠かない。そのうえ繰り返すのだから、主婦になりたてのころは億劫で、目の届いていない事ごとも少なからずあった。

 しかし同じことをしていると発見があり変化がある。

 たとえば、味噌汁の出汁の取り方は結婚した当初から現在までこんな具合に変化をとげている。顆粒だし→鰹節(花かつお)→昆布と鰹節(細削り)→昆布と煮干し。手間と味と値段を考え合わせて、昆布と煮干しに落ち着いたというしだい。出汁パックの買い置きもしてあるが、大抵は昆布と煮干しでとっている。   

 風呂掃除もそうだ。

 さして広くない空間だというのに、掃除をしているつもりでも目のゆかない場所はでてくる。ひとによって汚れが気になる箇所もちがう。そういうことがわかってきたころ、風呂掃除は子どもたちの仕事となり、ときどきわたしが全体を掃除するようになった。

 こういった、あげてゆけば切りがない些細な発見や変化を繰り返し、暮らしの瑣事をないがしろにしてはまずい、と思うようになったというわけだ。

 こう思えたことは、わたしが四半世紀にわたり家担当の身であったことの良き点である。

 

 というのに、外での仕事を始めて。

 家とは関係のない場に身を置く緊張。仕事の覚えられなさ。面白み。週に数日とはいえ外で仕事をしながら家の仕事をする大変さ。いろいろなことが綯交ぜになって体力的にはそれほどくたびれていないのに、くたびれたと思いたかったのかもしれない。気持ちが家に向いていなかったのだろう。家のあちこちが、妙にくすんでみえる。くすんでるのは汚れているというより、なおざりに家にことに向き合っていたからだと思われます。ごめんよ。

 

 まったくねぇ、ひどいったら、ありゃしない。

 

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鎌倉の大仏。

西野 そら

 

 

               

心に居座る岩

 母と電話をしていたときだ。

「お父さんもお母さんも動物が苦手だったからね……。」

 母が反省めいた言葉を口にした。 

 わたしのブログ、7月11日の「不条理」を読んで、娘に動物苦手意識を抱かせたのは自分たち親の影響と考えたのらしい。

 7月11日のブログには捨てられていた猫のこと、そこから生き物へのわたしの考えを書いた。母はわたしの生き物への慈愛が薄いと感じたらしい。いいとか悪いというのではなしに、幼い頃に犬か猫でも飼っていたら、動物への苦手意識を抱かずにいられたかもしれない。反省にも近い思いにかられたようであった。

 83歳の母が50歳を過ぎた娘をみて、いまもなお、こういうことを思うのだなあ。

 娘の立場であるわたしとしては、犬猫が近づいてきたとて追い払うわけでも、危害を加えるわけでなし。なにか問題でも? なにごとにおいても得手不得手はあるじゃないの。と思わなくもない。なにより、姉のところはヨークシャテリアを飼っているのだ。一概に親の影響とはいえないんじゃないのかしらね。

 とはいってもだ。これは娘の立場の発想である。

 親の立場では、仮にうちの娘がわたしと同じことを言ったとしたら、わたしも母同様、反省めいたことを思うはずだ。

 そういえば。

 つい先ごろ見た韓国映画『チャンス商会〜初恋を探して』で、「子どもは心に居座る岩のようだ」という台詞があった。親にとっての子のあり様を自分ではこれほど明確に言い表せられないでいたのだけれど、そうそう、これ。これです。

 雨風にさらされて、少しずつ岩は形を変える。その変化を止められはしないけど大地は岩を抱きつづける。

 わたしも子どもたちを思い通りにさせてゆくことはできない。できるのはいてやること。大地のようにどんと構えていられないとしても、反省したり、喜んだり、笑ったり、怒ったり、泣いたりしながら、わたしは、ただただ、いてやるしかできないんだなぁ。

sosososora.hatenablog.com

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西野 そら