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西野そらの日々のこと 

「書く」ことを暮らしのなかの一つに。日々の些事をどう受け止め、考えたのか。忘れないように。

適応能力

 世田谷美術館に行った帰りのこと。

 午後2時過ぎだというのに、お昼をすませておらず、そうとうお腹が空いていた。

 夫はスマートフォンで、蕎麦屋の検索をはじめる。美術館から歩いて10分のところに、良さそうな蕎麦屋があるらしい。グーグルマップに見つけた店名を入力して、見知らぬ街の見知らぬ蕎麦屋まで案内してもらうことにした。

 そろそろ着く頃というとき、行く手の向こうに洒落た蕎麦屋の看板を見つける。

「恐るべし、グーグルマップ」

 と、感嘆する夫。

 ただしかし。無事に目当ての蕎麦屋にたどり着いたはいいが、なぜか店は閉まっている。ホームページでは営業時間とされている時間帯。休業日でもない。なのに、営業していない。   

 さすがのグーグルとて、なにやらの事情までは、適応できない。

 

 で、目に止まった向かいの寿司屋。

 外に置かれたメニューを見る限り高級寿司店ではなさそうではある。が、けっして安さを売りにもしてはいなそう。とはいえ、昼間のメニューで、金額も明記してあるし、なによりお腹が催促するものだから、すぐさま蕎麦から寿司へと変更する。 

 思いがけず、見知らぬ土地の見知らぬ寿司屋に入ることと相成った。  

 寿司屋はカウンターだけの清潔感漂う瀟洒な店構え。L字型のカウンターには4組の客が座り、うち3組が家族連れで常連でもあるようだった。板前との会話が弾んでいる。 

 夫とわたしは空いている最後の2席に通された。目の前のケースには仕込まれたネタが並んでいる。一見しておいしそう。

 ところが。

 このお店、はじめての客のわたしには居心地がわるい。瀟洒な店構えは好みであるが他の客との位置関係がよくないのだろうか。  

 カウンターに置かれてゆくヒラメ、こはだ、まぐろ。頃合いを見計らって握ってくれるが、寿司を味えず、ただ満腹になって店をでたのだった。

 これがいわゆる相性というやつか。

 それとも

 見知らぬ街の見知らぬ寿司屋に、わたしが適応できなかったかのかしらね。フッフッフ。

 

 

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近所の桜です。

さして離れていないところにある桜はまだ、

蕾が膨らみつつある状態です。

この違いは、土なのでしょうか。

西野 そら

 

風景

 吉祥寺駅前の交差点は、たいてい歩道も車道も混み合っている。夫とわたしは行き交う人の波をすり抜けながら駅近くの駐車場に向かって歩く。

 建ち並ぶビルの看板、車道をゆるりゆるりと進む車、車、車。そして行き交う人、人、人。言ってしまえば看板のかたまり、車のかたまり、歩道を歩く人のかたまり、全体的な風景が広がるのであった。

 ところが。

 わずか数分後、車の助手席に座るとこの同じ場所が、全く違う風景に見える。

 すぐ横の歩道を歩く人、すれ違う車のドライバー、個が見えてくるのだ。

 楽しいことを話しているのだろうか。笑いながら肩を並べて歩く中年の男女。考えごとをしているかのように、道路の一点を見つめたまま信号待ちをする若い女性。ビルの上に広がる空。

 ほんの少し立つ場所が異なるだけで、ほとんど違う世界が見えてくる。

 

 こんなことは、ずっと以前から知っていた。

 たとえば、駅のホームで電車を待つわたし。線路を挟んだ向かいのホームに立つ人はかたまりで映る。けれど、先にこちらの電車がきて乗客として車窓からホームを見るや、個人が気になるという、あれもそう。

 

 視点を変えるとものの見え方が変わる。

 これはよくいわれることで、視点を変えるとは、立場を変えるということでもある。つまり自分以外のだれかの立場に立ち、ものごとを見るということ。

 とはいえ、他者の立場であるのだから見えるものはあくまでも想像の産物。見当違いのことも少なからずあるだろう。

 実をいえば、ここがわたしにはよくわからなかったところでもある。想像ならば、結局は自分本位の想像になるまいか。

 しかし、このよくわからなさが、フッと影をひそめた。 

 他者の見るものを正解とするなら、正解を求めるために他者の立場に立つというのではないのかもしれない。ともかく視点を変えてみる。自分の見方が全てではない、そのことを知る。これが肝要なんじゃなかろうか。 

 吉祥寺からの帰り道、車窓から見た風景は、わたしにこう思わせるのだった。

 

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吉祥寺でもとめた

マーガレットハウエルのブラウス。

西野 そら

冷凍しないわたし

 その日は茄子、蕪、人参、だった。

 いつもゆく八百屋の自家製糠床に漬かっている野菜の話だ。

 糠床はクリーム色をしたプラスチック製の漬物容器におさまり、店先の簡易レジの前に置いてある。つまりレジに並ぶや糠味噌をまとった野菜たちが、目の端にはいる位置なのだ。

 しかし、ときにはわたしがまじまじと糠床を覗きこむこともある。数日前まじまじとやったときには赤蕪とセロリが漬かっていた。

 赤蕪ねぇ。この冬うちの糠床を陣取ったのは人参、大根、蕪。代わり映えしない顔ぶれが続くとどうしても飽きる。

 旬の野菜、目新しい野菜は漬かっていないか。野菜のプロがつくる糠床からヒントを見つけられると見込んで、八百屋でわたしは目を遊ばせるのだ。

 昨年末のこと。

 宅配食材でピーマンが届いた。冷蔵庫の野菜室にもまだ数個残っている。だというのに野菜室の有り様を忘れ、八百屋でまた一袋を購入し、冷蔵庫の前でうなだれたのだった。

 さてどうしよう。ピーマン料理をあれこれ思い浮かべる。ナムル、炒め物、肉詰め。そうだ、ぬか漬けにしてみようか。そんなわけで、ピーマンを半分に切ってヘタと種を取る。水気を拭いて塩をまぶしつけ、糠床に入れてみた。初ピーマンのぬか漬け。

 

 「糠床の冬眠」

 以前ここで、冬は糠床を冷凍して休ませようか。ということを書いた。

 当時は、なにも漬かっていない糠床の手入れをする自信がなかった。それで冬眠という策を見つけ出したのだ。

 ところが。

 普段からぬか床の容器の置き場所は冷蔵庫。冬場は4、5日(実を言えば一週間かき混ぜなかったときもある)かき混ぜなくても悪くならず、宅配食材で届く野菜を漬けたり、漬けなかったりしているうちに、冷凍する間もなく気がつけば三月になった。

 少しぐらい菌の力が弱ったとしても、数日手入れをすれば菌は力を取り戻してゆく。そんな菌の力を信じようともせずに、これまでのわたしは自らの怠け心を捨てたいがために糠床も捨ててきたのだな。

いまはね、糠床の力にそうとう恐れ入っていますけど。

 

sosososora.hatenablog.com

  

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オレンジはパプリカです。

西野 そら

オプチミスト

 買い物からの帰り。 

 マンションの集合ポストの前でお巡りさんと鉢合わせする。日頃マンション内では見かけぬその姿。なになに?少しばかりの好奇心と少しばかりの不安と少しばかりの驚きで半歩後退る。

「こんにちは、何号室にお住まいですか」

 分厚い台帳を広げながら、唐突ではあるけれどにこやかにお巡りさんらしき人が言った。

 らしき人はもちろんお巡りさんの制服でお巡りさんの帽子を被っている。見かけはお巡りさん以外の何者でもない。しかし、あまりにも唐突すぎる声かけに、よろしくない想像が頭をもたげた。

 本物?   

 でもしかし、マンションの前にはお巡りさんの白い自転車が止まっていたのだった。サドルの後ろにある白い箱には、最寄りの交番名が書かれたシールも貼ってあった。

 きっと本物。

 はたしてお巡りさんが台帳から探しだしたカードには、うちの家族構成がわたしの字で記してある。

 ああ、本物。

 胸の内で疑ったことを詫びる。(ゴメンナサイ)

 

 いくら物騒な世になったとはいえ、どうみてもお巡りさんに見えるひとに疑いの目を向けるとはね。我ながら呆れる。

 読み終えたばかりの『考えすぎ人間へ ラクに行動できないあなたのために』遠藤周作青春出版社)の一節が浮かんだ。

 遠藤周作は自らのことをオプチミスト(楽天家)の要素があり、世の中に対してさほど警戒心を抱かないと言っている。たとえ悪人に会ったとしても、その人のヘンなところを肯定して笑いに変えるのだとか。そして若者の多くはオプチミストというより、自分のことだけに関心があるように見え、好奇心がなくなっている。とも言うのだ。

 1990年に刊行されているから、27年前に遠藤周作はこう書いている。

 ほぉ。27年前の若者。わたしは20代の中頃だったからその若者のひとりであろう。

 若いときは独り善がりなところがあるものだけれど、しかしどうしたことか、当時より今の方がうんと自分のことに気持ちが向いているように思えてならない。

「自分さえよければいい」というのは好きでない。

 とはいっても、騙されないように。恐ろしい目に合わないように。見知らぬ人への警戒心は膨らむ一方である。その結果、気持ちが内に内に向くのかもしれない。

 遠藤周作のように警戒心を抱かないとまではならないにしても、さすがにお巡りさんを疑うほど膨らみすぎた警戒心をどうにかしなければなるまい。

 そういえば、警戒心を取り去る糸口はユーモア。人と人の潤滑油になるのもユーモア。まずは相手に笑いかけること、とも書いてあったっけ。

 普段から笑っているほうではあるけれど、見知らぬ人へも笑いかけてみようか。こちらが怪しいおばさんになりかねないような気もするけれど。

 

 

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しまうときは筒状になる雛飾りです。

飾るときにパカッと開き、

閉じないように筒に付いている紐を

後ろで結びます。

西野  そら

  

広げたり、狭くなったり。

 「『この世界の片隅に』観ましたか。私は3回観ました」

 と、友人からメールが届く。1月の終わりのことだ。

 映画には疎いけれど、これは知っていた。戦時中を描いたこのアニーメーション映画は、昨年末から幾度もテレビや雑誌で紹介されていたから。

 メールには映画以外のことも書いてあったが、要点は映画について語り合いたから、是非とも観るようにということであった。

 

 昨年までのわたしなら、友人からの薦めであってもタイミングが合えば観ます、とかなんとか言ってお茶を濁したのにちがいない。

 ところが。1月の初めに「広げる」を今年の目当てとしよう。ふと、思い立ったのだ。「広げる」というのは、食わず嫌いをしない。決め込まない。知ろうする。というようなことである。

 流行や風潮、人気といったものにはらむ一時(いっとき)の勢いを感じるようなとき、わたしは瞬間的に身構え胸のあたりが固くなる。この固さは勢いに流されないための、もっといえば、考えなしに物ごとに同調しないための備えであろうか。それだから、流行や人気のあるような物ごとを、できるだけ遠巻きに見てきたのだ。

 それだというのに昨年末あたりから、遠巻きに見るというのは、知ろうとしない自分をごまかすための、体のよい言い訳ではなかったか。こんなふうに思えてきたのだった。

 そんなわけで今年は、つとめて「広げる」。

 

 友人からのメールが届いてから、ちょうど一週間後。わたしは映画館の観客となり、思いがけず、心打たれていた。

 帰宅後、友人に書いた返事はこんな具合。

 「アニメーションだというに、これまで見た戦争の映像のどれよりも戦争の恐ろしさを感じている自分に驚きました。それだけでなく、非日常の恐怖のなかに身をおいても、暮らしてゆくこと。日常はつづくことに胸を突かれたのです。

 それは地震や外国で起きたテロの後、難を逃れた人たち、傷ついたひとたち、その周りの人たちが、生きるために暮らしに戻る努力をしていることと繋がり「日々の暮らし」の強みに感じ入りました」

 

 「広げる」ということは心を柔らかくするもいえる。柔らかな心はきっと風通しがよかろう。ああ、柔らかな心でいたい。ときに固く狭くなろうとも、それはそれでよしとして。

 

 

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外出時、わたしの本は着飾ります。

サイズに合わない本には

書店でかけてくれるカバーが活躍します。

西野 そら

 

ヘソのシミ

 うちのヘソはダイニングテーブルだ。

 マンションの専有部分、つまりわたしの家は形でいうと長方形。

 長方形の長辺をだいたい3等分した、まんなか部分に食堂兼用の台所があって、そこの中心あたりにダイニングテーブルを置いている。だから、わたしの家のヘソはダイニングテーブルなのだ。

 18年まえうちに仲間入りしたこのテーブルは幅165センチ、奥行き90センチ、高さ72センチ。無垢材(木の種類は忘れました)を継いだ天板には、熱い鍋を直接置いてしまったのだろうと思われる、半円にも満たないこげ茶の弧が3つばかり焼き付いている。 

 それにしても、3回も同じような失敗をするとはねぇ。と、ここまで書いて思い出した。

 3つのうちひとつは、直に鍋を置いたからできたのではなく、藁鍋敷のせいだった。

 以前、藁鍋敷に熱い陶版を置いたら、陶版が熱すぎて藁が焼けた。それで陶版の痕がついたのだ。

 実はこのこげ茶の弧が思いのほか目立つ。オイルで拭いたり紙ヤスリで軽く研いでみたりもしたが、一向に消えてくれない。

 でもしかし。天板のシミはこれだけでない。コップの輪染みと思われる弧のシミが、サイズ違いで3つある。夫の席に1つ、わたしの席に2つ。これは明らかに水の痕。

 水の痕だから一見すると、濡れているように見える。シミがそこにあることは百も承知しているというのに、ついつい拭いてしまう、不要に瑞瑞しいシミ3つ。

 そうだ、数日前、四角いシミができているのを見つけた。オリーブオイルの瓶底の形。

 そんなわけで、うちのヘソにはゴマでなくて、弧や四角いシミがあって、家の者が何かと居座る処である。

 たとえば、わたしがノートパソコンを広げて作業する横で、教科書やノートを広げる者がいたり。ミシンをかける横でスマートフォンと睨めっこする者がいたり。夜、突然仕事のメールを打ちはじめる夫のまえで、焼酎を呑む者(わたしですが)がいたり。

 これまでの粗相の跡を目の端で捉えつつ、ふと、思う。ここがうちのへそなんだ。

 うちのヘソは、ダイニングテーブル(シミつき)。

 

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雨が降り出しそうなある日。

空と梅とわたしの傘。

西野 そら

手袋

 図書館に向かって歩いている。

 ああ、寒い。数歩前をゆく夫は、冷たい空気を逃すように首が引っ込み、背中が丸い。とうちゃん、猫背ですぜい。むむっ。両手をダウンジャケットのポケットに押し入れている。どうして?

 灰色に垂れ込めた厚い空がなんとも寒そうで、出掛け夫に手袋を渡したのだった。

「あれ、手袋は?」

 わたしの声に振り返る夫は、同時にポケットから手を、なんと黒い革の手を出した。

「あっ、してた」

 ポツリと夫。たまにこのひとのことが、わからなくなる。

 ポケットに手をいれるのはさ、防寒のためじゃないの?夫の横に並んで訊いたところ、

「癖だね、これは」

 ですって。結婚をして25年以上になるが、このわからなさ加減が夫婦の、もっといえば他人様との関わりの面白みなのかもしれない。

 

 ところで。わたしが手袋を手放せなくなったのは40代になってからだ。

 子どものころは手袋が苦手だった。以前に書いた腕時計をできない理由と同じ。手袋をすると手がジンジンしてくるのだ。

 とはいっても、中学生ぐらいまでは、5本指の手袋をしている友達をみると5本指の手袋が欲しくなったし、ボンボンのついた可愛い手袋をみればそれが欲しい。中学生のときには編み物をしたい理由で手袋を編んだりもしたっけ。

 それなりに手袋をもってはいたのだ。ただそれらが防寒のための手袋ではなかったということ。

 

「みっともないからポケットに手を入れないの」

 大人になってからも母に注意されることはあったが、当時のわたしはみっともないことより手の不快さを避けることのほうが大事であった。20代では手袋を買った記憶がない。30代で買った手袋は子どもと遊ぶため。

 そんなわけで、40代に至るまで、手袋のよさを知らずにきてしまった。突然翻ったのは、体調の変化にほかならない。冷たい風に弱くなり、できるだけ肌を晒したくなくなるのだ。

 そういえば、手袋をしたときの、あの不快さがない。40代ともなるとそんなことよりも、体を冷やすまずさを<体>が教えてくれるのかもしれないなぁ。

「ほらね、手袋っていいでしょ」

 

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黒の手袋は夫。茶色がわたしのです。

毛糸の手袋もありますが、最近は

こればかりしています。

西野 そら