西野そらの日々の事ごと

「書く」ことを暮らしのなかの一つに。日々の些事をどう受け止め、考えたのか。忘れないように。

星座

 先日のこと。

 天秤座であるというOさんが書いた、天秤座の性格たるものカクカクシカジカであり、どう扱われると嬉しく、どういう扱いを受けると煙たくなるかという、さながら天秤座取扱説明書のようなエッセイを読み聞かせてもらった。

 これまでわたしは占いの類を眉唾もので見聞きしてきた性分である。天秤座がどの月生まれにあたるのか知らないし、ましてや星座や血液型で誰かの性格を想像するということはなかった。それだから世の中では共通認識であるのかもしれない天秤座の性格というものも知らなかった。

 Oさんの読み進めるエッセイを聞き逃さないよう目を閉じ、頭の端っこで捕まえた言葉のイメージを広げる。不意に妹の顔が浮かんだ。エッセイに書かれている性分や他者への対応が少しずつ妹に重なったのだ。天秤座のOさんが他者との関わりにおいて「胸の内では実はこう思っている」という本音を書いているところで、妹は天秤座にまちがいないと思ったほどである。

 Oさんの描く天秤座の性格がどういうものであったか、ここでは省くが、わたしがインターネットで検索した天秤座の特徴とそう、かわらぬことが書いてあったと記憶している。

 

「9月26日は天秤座ですか」

果たして妹は天秤座であった。

 

 しかしである。Oさんのエッセイを聞いている途中、「アタシ、天秤座だっけ?」と錯覚しそうになるところはあり、星座占いとはそれぞれの星座の特徴的な性格傾向ということであって、性格的特徴の感情や意志は誰しもが持ち合わせているのだろう。そんなわけで、どの星座の特徴をみても自分自身と当てはまる部分はあるような気もするし、今日は蟹座なわたし。とか、今日は牡牛座なわたし。と違う星座をよそおうのも楽しかもしれない。

 

 そうだ。山羊座の夫と乙女座のわたしの相性はそう悪くないらしい。占いを眉唾もので見聞きしていたわたしではありますが、、妹を想像させたOさんのエッセイを聞いたあとは、そりゃあ、インターネットで星座検索をしましたたとも。

 占いに精通しているあなた、乙女座が書きそうなことだなんて、笑っていやしませんよね?

 

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妹がお福分けしてくれた蕪と青梗菜。

西野 そら

ご機嫌ですね〜

 午後7時過ぎのデパ地下。時間が時間なので買い物客はせわしなく歩く人が少なくない。生鮮食品には20パーセント引き、30パーセント引きの値下げシールが重ねて貼られてある。シールの貼られた刺身の盛り合わせ、肉のパック、野菜をもとめているあいだに、共にでかけてきた夫はフラフラとどこかへ行ってしまった。

 

 レジの向側にある惣菜売り場を探してまわる。

 夫は期間限定で出店しているピザ屋のまえにいた。

「ピザ、どう?」

夕飯に飲もうとしているワインのつまみにピザを買うかどうかを訊いているのだ。

 ピザ屋のお兄さんは、その夫の声を聞き逃さなかった。

「このガーリックピザ、人気があるんですよ」 

試食用に小さくカットされた一切れのピザを夫に差し出す。

「おいしいよ」と言う夫はわたしの顔を窺いながら目で問いかける。買う?買わない?ピザ屋のお兄さんもわたしの反応を気にしつつ、

「はい、こっちはアンチョビのピザ」

と、わたしに差し出した。差し出しながら、こう続けた。

「いや、おふたかたともおしゃれ。大人のおしゃれっていうか。」

「ははは、そんなこと言われちゃ、買わないわけにはいかないじゃないですかっ」

どう返すのが大人の対応でおべんちゃらなんぞ真に受けてませんよ、と伝わるのか。夫の顔には迷いがみえる。

「ははは、またまたぁ。うまいですね」

わたしたちが曖昧な態度で曖昧にかわしているのに、お兄さんはあれこれとさらにおべんちゃらを言い続け、結局3枚のピザを売ることに成功した。

 まあ、わたしたちとしてはピザが好みの味であったから買ったのだけれど、いい客(カモ?)だったと思われたにちがいない。

 

 地下から駐車場へ向かう途中、夫が言った。

「ご機嫌ですね〜って、返してもよかったね」

 

 少し前夫にお笑いコンビ「オードリー」の若林正恭著『ご本、出しときますね?』(ポプラ社)を薦めた。そのなかにテンションの違う相手とうまく距離をとりたいときに「ご機嫌ですねぇ」という返しはつかえるとあり、「面白いうえにうまいよね」と夫と話したばかりだったのだ。

「今日はご機嫌ですねぇ〜」

なにげない言葉のなかにも隠されたメーッセージがある場合もあるのですな。ウッシッシ。

 

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西野 そら

事故!?

 夕飯の片づけをしていたときだ。

 箸とカトラリーをしまうために食器棚の引き出しを開けたその瞬間、引き出し中身もろとも落下した。ガシャガシャ、ガッシャーン。 

 手元を見ていなかった。次にしまう食器に気持ちは向かい、顔だけ振りかえり食洗機の中に目をやっていたというわけだ。それだから思いもよらない金属音の甲高い音に驚き、金属音のような甲高い声でわたしも叫ぶ。きゃー。

 

「最後まで手元をみなさいよ」

 戸を閉めたり、蛇口をしめたり、汚れを拭ったりするとき、自分ではやったつもりでも、戸は閉まりきっていなかったり、蛇口からチョロチョロ水が出ていたり、汚れが落ちきっていなかったりということは、ままある。つもりで終わらせないためには、最後まで手元を見ていることが大切。さんざん母に言われ、わたしも娘たちに言ってきたというのに。こんな具合にときどきやってしまう。

 

 床に派手に散らばる箸、カトラリー、整理トレー。普段ならため息がでる事態である。が、このたびの落下事故は絶妙なタイミングで起こり、事故が事故でなくなった。散らばったそれらをステンレスのザルに拾い入れ、水を張ったボールに浸ける。

 さあ、整理整頓をするときがきましたよ。

 食器棚、戸棚、キャビネット、クローゼット、整理箪笥。種類はなんであれ、開け閉めする頻度のたかい引き出しの中は、次第にゴチャゴチャとしてくるから、定期的な整理整頓が必要だ。このところ、ハンカチ、弁当包み、布袋が収まる引き出しと、この箸とカトラリーを収める引き出しの雑然さが気になっていった。  

 引き出しをあけるたびに低く唸る感じがあって、そう遠くない時期には取り掛かるだろうね、わたしは。と思いながら引き出しを閉めていたのだ。

 

 事故でなくなるような事故の起こる日。そういう日に助けられて事が進む場合もあるのです。褒められた話でないにしても。

 

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西野 そら

 

 

がんじがらめ

 苦手意識が芽生えると、ことさら、だれかに対して苦手意識が芽生えてしまうと、うまくゆかなさが重なる。いや、うまくゆかなさが重なるから苦手意識が芽生えるのか。きっと、どちらもあり得ますね。

 うまくゆかない人とは、互いの相性がよくないのであって、わたしに話しやすい人があるように、わたしとはうまくゆかぬ人も、わたし以外のだれかにとっては、相性抜群で話しやすい人となる。それだから自分と合わぬ人の言葉に、徒らに傷つきたくない。そう思ってはいるが、いくつになっても不意にくらう言葉に心が沈むことは少なくない。

 

 少しばかり気持ちが沈んだまま、家に帰ったある日。

 居間の窓の向こうには、夕焼けが広がっていた。いよいよ沈む太陽があたりを金色に輝かせていて、思わず窓際に立ちつくす。家のものがいれば共に見られただろうに、あいにくわたしひとり。その空が蒼暗く変わるのに、さして時間はかからなかったが圧倒的な自然の美しさは、わたしの心を穏やかにした。

 そういえば、ピアニスト辻井伸行がラ・カンパネラを演奏するユーチューブをみたあのときもそうだった。何をしていても物思いしてしまうから、考えずにいられるユーチューブをあれこれ見ていて、ゆくりなくも、そこにたどり着いたのだ。

 繰り返すがユーチュブで聞いている。だというのに演奏が始まるや引き寄せられ、しまいには涙まで流れた。言葉のない自然や音楽が、言葉にがんじがらめになっているわたしを解放し穏やかにした。

   

 とはいっても、自然の脅威にさらされたり、耳障りな音のつらなりに苛立ったりすることもあるわけで、言葉が無力という話ではない。くれぐれも誤解なさいませぬように。

 

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10月のある日の空

西野 そら  

 

今週のお題「私の癒やし」

少年

 テレビ画面の左上にある天気表示。その朝、東京の天気は午前午後ともに傘と曇のマークが表示されていた。天気予報を信じないわけではないが、窓を開けて空のぐあいを見る。外気に当たって温度を感じる。たとえば20℃と数字で表示されても、季節によって20℃の感じかたはちがう。天気予報を手がかりに、自分で感じ、見込んで、着るもの履く靴、持ち物を決める。

 予報通り低く垂れ込めた灰色の空からは傘なしでは歩きたくない程度の雨粒が落ちていた。 

 天気予報を参考にしつつ、わたしも傘を手放せない1日であろうと、見込んだ。

 さて、仕事に行かねばならぬ。少々の雨ならば、レインコートを着て自転車通勤をしているが、雨脚が強いので電車で行くことにする。

 話が長くなったが、ここからが今日の本題。

 午前9時半から午後5時までの仕事を終えて、駅のホームに着いたのは午後5時半前。帰りのラッシュ時には少し早いが、ホームに入ってきた電車はそれなりに混んでいた。

 つり革を掴む並びのなかに空間をみつけ、わたしはそこに身をすべらせ白い輪っかを掴んだ。

「特急列車が通過してからの発車となります」

 車内にアナウンスが流れる。3分の待ち時間ときくや、瞬間的に斜め上の広告モニターに目をやる。数社の広告やニュースが終わり、2巡目にはいったところで、下方から視線を感じた。それとなく目線をさげると、わたしのまえには高学年の小学生と思われる男の子が座っている。

 少年はわたしの顔を窺っていた。ハッとした。少年はわたしに席を譲るべきか、迷っているのかもしれなかった。

 やめて、やめておくれぇ。

 そりゃ少年からしたら、わたしなんぞ席を譲るに値する十分な年齢なのかもしれぬが……、いやいや年齢的にもまだ早いはずだ。よく顔を見せてやりたいが、かえって席を譲れと催促していると思われては困る。とっさに広告モニターに顔を向け、やにわにシャンと立ちなおす。

 そうだ、今日は疲れたから口元のたるみが一層たるんで、老けて見えるのかもしれない。さらに頭を反り返し、口角も引きあげる。

 首尾よく、少年は行動におこさなかった。が、たるみを引き上げるために見上げた広告モニターには、ちょうど皺とりアイロンスチマーの広告がながれていた。

 こういうことって、結構な頻度である。偶然であるかもしれないが、偶然は必然ともいうし。こういう取るに足らないようなことでさえも、偶然(必然)のおこるタイミングはキセキであるような気がしないでもない。

 この先、この類の驚怖がたびたび起こるのだろう。そうして、しだいに驚怖が驚怖でなくなってゆくのかもしれぬ。

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川村記念美術館

庭園を散策する時間がなく心残り。

西野 そら

着ること

  「着ていく服がない」

 出かける段になると決まってこう言い放ち、父の機嫌を損ねた。中学から高校時代の思春期のはなしである。

 「着ていく服がない」この言い草は行き先に関わらず。たとえば都心の百貨店に行くときであっても、少しはなれたスーパーマーケットまでのおつかいであっても、ということ。

 家族と同じタイミングで支度をはじめる時点では、わたしとて浮かれている。なにを着よう。着ては脱ぎ、脱いでは着る。繰り返した果ての姿に、

「どこに行くつもりなの?」

 大抵冷たい視線を浴びるのがオチであった。で、目の端で姉の姿をみつつ、着替える。中学生ぐらいから服の手本は二歳違いの姉だった。なんでもマネをする。が、二歳の体格差は如何ともしがたく、なにを着ても姉のようにはならない。しまいに、

「着ていく服がないから留守番してる。」

 待つだけ待たされた父の堪忍袋の緒が、切れないはずがない。

「なに言ってんだ。いつも、オマエは(雰囲気を)おかしくする」

 父の剣幕におののき、結局わたしは特別感のない出で立ちで、険悪な雰囲気に耐えて出かけるはめになるのだった。

 服がないなら買ってもらえばいい。話は簡単であるが、そうはいかない。 

 当時は洋服を買いに行くことがいやだった。欲しい服もはっきりしていなかったのにちがいない。買いに行くぐらいなら、姉の服でよかった。いやむしろ、姉の服がよかった。問題は当時は姉も服の数が多くなかったこと。気に入りはもちろん姉自身が着るし、なんでも快く貸してくれるわけではない。使用許可がでるのは魅力に欠ける服。そんなわけで、「着る服がない」となる。

 それにしても、わたしの姉の服頼みは、そうとう長い。社会人になるころまで続いただろうか。とはいっても、年々、姉の服は似合わなくなり、借りたい服も少なくなっていくのだけれど。

 服は着る人の性分と重なることが少なくない。行く道、行き方が個性となり、その個性が服を選ぶのだから。

 

「着ていく服がないから留守番してる」

 と言いだしたのは、思春期のころの長女。つい先日は思春期只中の次女もいい放った。まるでデジャブ。ただ当時のわたしと違うのは、娘たちには十分服があるところ。服があってもなくても、こう思わずにいられないのが思春期なのかもしれない。

 ところで、年齢差6歳の娘たちは、すでに服の好みがちがう。なににつけ長女のマネをしたがる次女ではあるが、服はマネなかった。

 

 

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姉、妹、わたしの第一子が生まれたときに、

母がそれぞれの孫たちのために求めた置物。

姉と妹の男の子たちにはパンダ。

うちの長女には犬の置物を買い、手元に置いていたとのこと。

先日、長女と両親の家にいったときに、この話をしてくれ、

長女に犬をわたしてくれました。

姉も妹も持って帰らなかったらしく、一つのパンダがうちにくることになりました。

パンダは居間に。犬は長女の机に。

西野 そら

たどりつく。〜ものは言いよう その2 〜

 少し前にものの言い方、伝え方のことを書いた。(8月22日「ものは言いよう」)

 じつを言えば、書いたそばから、こういうことを書こうとしていたんじゃないな、わたしは。そんな思いがないわけではなかった。しばらく頭のすみで書きたかった核心を思い出そうとしたのだけれど、たどりつけないままだった。

 

 9月のある日、図書館でのこと。

「評論、エッセイ、随筆」の書架の前にわたしは立っている。

 ちょうどわたしの目の高さで『ものは言いよう』と書かれた背表紙がきらりと光った。あら、同じ。すかさず本を引き出す。嬉しさと驚きがあいまって引き出したその本は、なんと平岩弓枝のエッセイであった。同じだなんておこがましいにもほどがある。

 パラパラ頁を繰る。ふいに表題作「ものは言いよう」のエッセイをさがしあてた。今読みたい。すぐに読みたい。とはいっても、落ち着いてい読みたい。はやる気持ちをおさえ、本を貸りて帰った。

 

「言葉の上だけとりつくろってどうするのだというかもしれないが、言葉は心である。言葉に心くばりがあるのは、その人の人柄を見る鏡」(『ものは言いよう』講談社

 

 言葉は心である。これだ。わたしがたどりつけなかった核心はこれだった。

 言葉には人柄がにじみ出る。どういう自分でいたいのか、ありたい自分でいるには。言葉に心配ることは自分自身にも心くばることなのかもしれないと、ふと、思う。

 それにしても、この本と出合うタイミングの不思議。宗教とか何とかは信じないタチであるが、引き合う力みたいなものはあるような気もする。きっと若いころにこれを読んでいたら、とりつくろうという言葉につかまって、反感を覚えたにちがいない。若かりしころのわたしには、とりつくろうということは恥をかかないよう、自分のためのごまかしでしかなく、悪しきことでしかなかった。

 しかし自分の体裁のためでなしに相手を思うからこそ、とりつくろう言葉や態度がある。このとりつくろいは、むしろ大事。40歳を過ぎたあたりからこう思うようになった。

 角を立てずに伝える。どうにかできそうな類ではあろうが、たんに年を重ねたとて、備わるものではないはず。失敗しながらも経験を重ねてゆくしかなさそうである。小心者だからと、言うべきことを言わずにやり過ごしてばかりなんぞいられないのだ、わ。

 

sosososora.hatenablog.com

 

 

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道沿いの木立で

大きなきらきらした蜘蛛の巣を発見。

蜘蛛ったら、なんて几帳面。

西野 そら